第22話 テオ・オルコット

「その棚の中も頼むな」


「分かった」


 テオと父親は、家の大掃除をしている。かれこれ一刻半は経過し、そろそろ疲労が溜まってきたところだ。


 母を亡くしてから十四年、テオは二十歳になっていた。もうすぐ結婚し、家を出る。この大掃除は、荷造りのついで、というわけだ。


「お義父さん! これはどこに置きましょうか!」


 パッと顔を出したのは、テオの未来のお嫁さんである。ハツラツとした女性で、彼とは同い年だ。


 彼女は、テオの父に洗った花瓶をどこに置くかを尋ねた。


「俺が持ってくよ。父さん、元にあったところで良い?」


「ああ、頼む。……すまないな。嫁さんまで引っ張り出しちゃって」


「ほんとだよ」


 テオはからかうように、肯定の言葉を言った。父も小さく笑って返した。


「いえ! 家族の一員になれた気がして嬉しいです!」


 彼女はその言葉を否定した。

 二人は呆気に取られている。


 少しして、口を開いたのはテオだ。


「何言ってんの、もう家族でしょ。あ、これ置いてくるから、あの棚の中整理しててくれる?」


「…………」


 彼女は赤面し、呆けている。


「? おーい」


「あ、うん!」


 テオが彼女の顔の前でひらひらと手を振ると、やっとこちらに戻ってきたようだ。彼女は赤面したまま返事をした。


 父は、息子たちのやり取りをニヤニヤしながら見ている。二人には気付かれず、その顔に対し突っ込みを入れられることはなかった。


 テオは花瓶を受け取ると、二階へ登る。


「さーてと」


 彼女は言われた通り、棚の整理を開始した。物が種類分けされておらず、乱雑に入っていた。目につくもの全て、ここに入れてしまっているのかもしれない。


「要りそうなものとそうでないもの、私が分けても大丈夫ですか?」


「いいよ。よろしくね」


 父から許可を得ることに成功した。


 彼女は断捨離が得意分野である。手際よく仕分けし、棚の中身はどんどん減っていく。


「これは……手紙? ……うーん、にしては小さいな」


 しばらくして、奥の方でくしゃくしゃになった紙を見つけた。ゴミかと思ったが、それにしてはおしゃれな紙だった。


「……メッセージカードか!」


 取り出して開いてみると、そこには短い文が書かれていた。綺麗な文字だった。


「デカい声出してどうしたんだよ」


 テオが戻ってきて、彼女のそばに寄ってきた。花瓶を置くだけにしては遅い戻りだった。きっと、何か思い出の品を眺めていたのだろう。


「テオ! これさ、お義母様からのメッセージカードでしょ!」


「メッセージカード?」


 テオは差し出された紙を見る。


「……ああ。これは、マフラーをくれた人が書いてくれたんだ」


 思い出すのに時間がかかったものの、テオは何年も前に一瞬だけ見たこの紙を覚えていた。

 今の今まですっかり忘れていたが、それを加味しても上出来だ。


「え、毎年巻いてる灰色の?」


「うん」


「え! あれお義母様が作ったやつじゃないの?!」


「う、うん」


 彼女の反応にまずいと焦りつつ、しかしながら彼女を納得させるには真実を話すしかない。


「十何年も前だからあんまり思い出せないけど、確か……、野良の子ネコに帽子をあげたから、その代わりとして誕生日に……。マフラーを巻いてなかったから、その人は俺がマフラーを持ってないと思って、それを選んだんじゃないかな……」


「十何年も前のことをそこまで覚えてるなら、それはそれは印象的な出来事だったんでしょうね」


 案の定拗ねてはいるが、これは昔の話である。まして子供のときの話だ。今さらどうにもできない。


「いや、そういうことじゃないって。その人はその時もう大人だったし」


 それについては彼女も理解している。じゃれあいの範疇だ。


「……これさ、なんて書いてある?」


 彼女は文字が読める。テオは、彼女のこういった博識な部分にも惚れ込んでいた。


「うーんとね、『お誕生日おめでとう。大人になっても使えるように、今度は赤じゃなくて灰色と青で作ってみたよ。気に入ってもらえたかな?』……って書いてあるけど。テオくんマフラー巻いてたんじゃない?」


「「え?」」


 遠くから聞いていた父も驚いていた。


「本当にお義母様じゃないの?」


 彼女に再度そう問われ、不思議と腑に落ちた。


「……そうだな。あの人はきっと、……母さんから頼まれて、届けてくれたんだな」


 その後、父と息子は、文字を眺めながら懐かしむように泣いていた。


 それを見て彼女は父を思い出し、彼女もまた、涙を流すのだった。

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