第19話 ララ・オルコット③

「お、いたいた」


 しばらく市場の通りを歩いていると、フィーネは五、六歳くらいの男の子が一人でいるのを見つけた。毛糸の手袋を着けている。キョロキョロと何かを探しているようだ。


「ねえ、君。何を探してるの?」


 話しかけると、男の子は振り向いてフィーネを見た。

 フィーネはフードを脱いでおり、彼女の美しい笑顔を見て男の子はすぐに心を開いた。


 屈んで、男の子と目線を合わせる。


「ぼうし。落としちゃった」


 今にも泣きそうな顔だった。声も震えていて、必死に我慢していることが分かる。


「ママからもらったもの?」


「うん」


 男の子はうなづく。予想通りだった。


「そっかあ。それなら、私も一緒に探してもいい?」


「いいの……?」


 男の子の目は期待に満ちていた。帽子に相当の愛着があるのだろう。


「ええ。良いわよ」


 フィーネは男の子の頭を撫でて、立ち上がる。


「名前は?」


「テオだよ」


「テオくん。いい名前ね」


 フィーネはニコッと笑って手を差し出した。


「私はフィーネ。行きましょうか」


「うん!」


 テオは少し元気を取り戻したようだ。


 二人は手を繋いで道を進む。テオの歩幅に合わせているので、速度は遅い。


「お姉ちゃんは、ぼうしがどこにあるか知ってるの?」


 フィーネはテオを誘導するように歩いている。これに気付くとは、彼は年齢の割に賢いようだ。


「うーん。実は、こっちの方かな? っていう感じがするだけなの。もしかして、こっちはもう探した?」


「ううん、まだだよ」


「じゃあこっちに行ってみましょう? 私の勘、結構当たるのよ」


「分かった!」


 テオはフィーネに笑顔で返事をした。




「!」


(いた)


 さらに歩くと、フィーネが探していたものが姿を現した。


「お姉ちゃん、どうしたの?」


「テオ、ちょっと走るわよ」


「う、うん! 分かった!」


 二人は、走るそれを追いかける。人と人との間を縫って、見失わないように。


 それはしばらくの間まっすぐ走っていたが、突然左に曲がった。二人もそこまで走って足を止める。見ると、左は路地になっていた。

 路地は薄暗く、人通りもない。普通なら入るのを躊躇うだろう。


「ここ、入るの?」


 テオは不安そうだ。


「大丈夫よ。私がいるわ」


 フィーネはテオの手を握り直す。二人は薄暗い路地に入った。


「お姉ちゃん……! ぼくのぼうし!」


「ええ。思った通り」


 物陰には、ネコが三匹いた。親と産まれたばかりの子が二匹だ。餌付けされているのか、二人が近付いても少し警戒するだけで攻撃はしてこない。


「お母さんは頭が良いのね。どうすれば暖かくなるか、ちゃんと分かってる」


 子ネコは、毛糸の帽子に入っていた。二匹入るのにちょうど良い大きさで、とても暖かそうだ。


 フィーネは屈んでテオを見た。


「テオ、どうする?」


「……」


 幼いながら、彼は精一杯悩んでいる。母からもらった大切なものを手放したくはない。でも……。


 しばらくして、テオはフィーネを見つめ返し、言った。


「ぼくのぼうし、ネコちゃんにあげる!」


 その目には涙が溜まっていた。


「そっか! よく決断したね!」


 フィーネはテオを抱き締めた。

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