第18話 ララ・オルコット②

「灰色の毛糸。それから、編み棒にとじ針……。うちにあるけど、……店が指定されてるから、新しく買った方が良いわね」


 フィーネは渡された紙を見ながらつぶやいた。


 賑わう市場には、食料品や日用品はもちろんのこと、少し高価な物を扱う店もあった。小さな魔石を埋め込んだアクセサリーがその例だ。


 魔石はマナが結晶化したもので、大きさや天然物かで値段が変わる。

 魔石は人工の物もあるが、小さなものしか作ることができない。さらに、同じ大きさの天然物に比べて効果も低い。製造できる者は魔法師団のごく一部の精鋭たちだけであるため、天然物よりは低価格で売られているもののやはり高価だ。


 ここで売られているものは人工物であるだろう。価格もだが、魔石に輝きが足りていないとフィーネは感じた。


「もう少しかしら」


 紙には大まかな地図も書いてある。フィーネはここで買い物をしたことはないが、迷わずにたどり着けそうだった。


 ネコが誰かの落とし物を咥えて歩いていく。フィーネはそれとすれ違うように逆方向へ行った。


「お、あったあった」


 目的の店には、布や針などの手芸用品が揃っていた。もちろん、編み物に関する商品も並んでいて、編み棒だけで何種類もある。


 フードを脱いで店に並んだ商品を眺める。

 店主を含め周りの何人もが、その時息を飲んでいた。しかし、彼女はそれに気付いていない。


「すみません、これらが欲しいんですけど」


 置いてある物が多すぎて、ララがどれを欲しているのか分からなかったフィーネは、諦めて店主に紙を見せた。店主は「はいよ」と、商品を出してくれた。


「これから編み物を始めるのか?」


「ええ、まあ」


「そうか。じゃあできたら見せてくれよ」


 気前の良い店主で、青い毛糸をおまけしてくれた。


「ありがとうございます」


 再びフードをかぶると、フィーネは店を後にした。

 ……しようとした。


(っ!)


 フィーネは誰かにぶつかった。その衝撃で地面に倒れる。


「わ、すみませんっ!」


 フィーネの上から降ってきたのは、男の声だった。


「いえ。大丈夫です」


 フィーネが顔を上げると、男は心配そうに彼女を見ていた。男は短い茶髪で、背は平均とそう変わらない。


 男が手を差し出した。フィーネは一瞬迷ったが、その手を取って起き上がる。


「本当にすみません」


「いえ。本当に大丈夫ですので」


 フィーネは笑顔で答えるが、フードをかぶっているため男には見えていない。


「あ、あの、この状況でこんな質問、していいのか分からないのですが……」


 男は不安そうに口を開く。


「何でしょうか」


 フィーネが聞き返したため、少し安堵しつつ続きを話し出した。


「ここら辺で、息子を見ませんでしたか?」


「子供は見ていませんね。お役に立てず申し訳ありません」


「いえ。ありがとうございます。それと、本当にすみませんでした」


 男はペコペコとしながらフェードアウトしていった。




* * *




「戻りました! どうぞ」


 少し息を乱しながら、フィーネはクロッツへと帰ってきた。


「ありがとうございますー!」


 買い物を終えて、ゲートで森に出たフィーネは、クロッツまで走ったのだ。


 ララはほぼ引ったくるようにして、荷物を受け取る。


 フィーネは、ララが物を確認している時間で、洗面所に向かう。冷たい水に小さく悲鳴をあげながら手を洗い、足早に戻ってきた。


「……すごい…………」


 ララは最初に案内した椅子に座り、早速作業に取りかかっていた。ものすごい早さで毛糸が編まれていく。


 しばらくその手捌きに見入った後、フィーネはキッチンへ行く。そして、ポット型の魔道具を手に取った。


 魔道具は、個人の力量に左右されない、誰でも扱える便利な代物。用途に合った属性の魔石が埋め込まれている。

 こういった家事で使うような魔道具の魔石は、それなりの大きさのため、魔道具は全体的に高価だ。

 だが、手入れをすれば長く使える。長い目でみれば、優しい値段になっているのかもしれない。


 水を入れると、ポットに埋め込まれた赤い魔石が輝き出した。水は数分で湯に変わるだろう。


 次に、戸棚から茶葉と茶菓子を出す。

 茶菓子は先日焼いたスコーンだ。そのスコーンを、赤い魔石が埋め込まれたオーブンへ入れて温める。


 ララは物音がしても、部屋に良い匂いが充満しても、手を止めることはなかった。


「ララさん、紅茶とスコーン、ここに置いておきますね。休憩時に食べてください」


「ありがとうございます」


 返事はするものの、顔は手元に向けたままだった。

 その様子を見て、フィーネはフードを被る。


「すみません、もう一度出掛けてきます」


「分かりました」


 フィーネは再び森へと歩き、ゲートで町へ向かった。

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