第17話 ララ・オルコット①

 前回の依頼から二週間後。新たな依頼主がやってきた。


 彼女は、ララ・オルコットだ。肩につかない長さに切り揃えられた、オレンジの髪。これを振り乱しながら、彼女はクロッツの扉を叩いた。


 いや、叩いてはいない。庭の門をくぐったところで、彼女は倒れたのだ。


 幸い、フィーネは庭で作業をしていて、すぐに気付くことができた。ドサッ、という物音を聞いてアーチ門の方を覗いてみれば、人が倒れていたのだ。

 彼女は素早く駆け寄ってララをおぶると、クロッツの中へ入り彼女を座らせた。


「どうぞ」


 そして、コップに水を汲んで渡す。


 ララは無言でそれを受け取り飲み干した。その直後、少し回復したのか、早口で依頼を話し始めた。


 フィーネが「もう少し休んでから」となだめても、収まる気配はなかった。


「時間がないんです! すぐに準備して欲しいものがあります!」


 まとめると、ララはこれをフィーネに伝えたいようだった。彼女は非常に焦っていた。


 フィーネは困ったように笑いながら「まずは席に座って、それからお話ししましょう」とララを案内した。


 こうして、今に至る。


「ララさん、ご自分が亡くなったのはいつか分かりますか?」


 ララを落ち着かせるためにも、フィーネはいつものように質問をしていく。ララはもどかしそうだ。


「一昨日です。死んで、どうしようどうしようってすごい悩んでたら、なんか、困ったことがあったらここに来れば良さそう! って思いましてですね」


 ここで、フィーネは彼女の倒れた理由を察した。


 ララは不眠不休で、ここまで走ってきたのだろう。霊体は疲労を感じないため、そのようなことも平気で行えるのだ。


 しかし、クロッツへ入れば霊体は保護される。すなわち、仮の体を持つことができるのだ。それにより、それまでの疲労も感じてしまう、ということである。


「それで、ここに来たのですね?」


「はい。大正解でした。ここの中でなら、何にでも触れるんですから!」


 ララは先ほどおかわりした、水の入ったコップを持ち上げてみせた。勢い良く上げたため、水が少しだけ彼女の手にかかる。


 フィーネは持っていたハンカチを渡した。

 ララは「あ、どうも」と軽く会釈をしながら、それを受け取り、手を拭いた。


「それで、準備して欲しいものとは何でしょう」


 待ってました、とばかりに、ララはフィーネに顔を寄せた。ララの膝に乗っていたハンカチは、無情にも床にぽとりと落ちた。


 フィーネは動じずにララの言葉を待つ。


「できるだけ早く、いえ、今すぐにでも! 編み棒と毛糸の準備をお願いしたいのです!」


「へっ?」


 拍子抜けし、フィーネの目が点になった。


「…………あ、編み物をしたい、ということですか?」


「はい。編み物をしたいです」


 ララは顔を離しながら、当然のように話し続ける。


「……え、えっと、では、理由をお聞かせいただけますか?」


「はい。私には息子がいて、もうすぐ誕生日なんですよ。それで毎年手編みの物を送ってまして、でも今年は作る前にポックリいっちゃってですね……。あ、病気で死んだので、最後の挨拶はしました。だから、会うとかはなくていいんで、私がプレゼントを作って、あなたに届けて欲しいんです」


 彼女の中には、しっかりとした理由が存在していた。


「お会いにならなくてよろしいのですか?」


「はい。最後ちゃんと別れられたから良いんです」


 本心で言っているようだ。彼女の心残りは、『渡せなかったプレゼント』、これだけなのだろう。


「息子が大人になっても使えるように、長めのマフラーを送りたいなって思ってたんですけど、病気で思うように手が動かなくて諦めました。でも、どうにも諦めきれてなかったようで」


 頭を掻きながら「ははは」と乾いた笑みを浮かべている。


「息子さんのお誕生日はいつなんですか?」


「明日です」


「え?」


 フィーネの目はまたもや点になった。


「明日です。だから、急がないと!」


 彼女がこんなにも焦っていたわけを、フィーネはようやく理解した。


 すぐに立ち上がり、準備を始める。


「買ってきます。何が必要ですか?」


「私も行きますよ」


 ララも立ち上がる。しかし、フィーネはそれを手で制止した。


「いえ、ここにいて下さい。クロッツを出てしまえば、私はあなたが何を言っているのか、分からなくなります」


「はっ! そうでした!」


 ララは自分が行っても何もできないと気付き、椅子に勢い良く腰かける。


「では何か書くものを下さい!」


 フィーネは紙とペンを用意し、ララに手渡した。フィーネが準備する間、彼女はスラスラと文字を書いている。


 この国の識字率は高くない。貴族なら書けることが当たり前である。が、平民であれば読めるが書けない、という者が多いだろう。それほどまでに、貴族とそれ以外には格差があるのだ。


「私は運良く両親が書ける人でして。息子にも教えたかったんですけどね。旦那は書けないので無理かなー」


 フィーネの準備が終わったところで、ララもそれまで走らせていたペンを止める。


「これが買って来て欲しいものです。アグロスという町で買えます。よろしくお願いします」


「ありがとうございます。では行ってきます。一階は自由にして大丈夫ですので、ごゆっくり」


 フィーネは玄関から出ると、フードを被る。

 そして、家から見えないところまで走った。幸い、アグロスには箱を設置してあったため、町の市場へゲートを繋いで向かった。


(急いでいるのに町指定、ね……)


 もし箱を設置していなかったら、ゲラーデに助けを求めるところだった、とフィーネは遠い目をした。

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