第15話 タイラー・ポーヴル 生前
タイラーとカーラは、馴染みの店に来ていた。紅茶と菓子を嗜む店である。木漏れ日が、テラス席に座る二人の顔や服の上で揺れている。
今日は、記念日であった。
幼い頃、カーラはウィンカル領のルーラーという町からビエトに越してきた。彼女とその家族が引っ越しの挨拶に来た時、タイラーは可愛らしい彼女に一目惚れをしたのだった。
そして、タイラーがずっと隠してきた「好きだ」という言葉を、本人の前で口を滑らせたのは三年前であっただろうか。
町民からは、『カーラの気の迷いだ。すぐに別れる』と言われ続けてきた。しかし、小競り合いはあるものの、大きな事件はなく二人は今日まで続いている。
タイラーは白いカップを持ち上げて、少し冷めた紅茶を啜る。
「ねえ、いつプロポーズしてくれるの?」
カーラは普通の会話のように、これを言ってのけた。
「ぶふっ! ゴホッゴホッ」
タイラーは、紅茶を吹き出すまではいかなかったが、上手く飲み込むことに失敗し、むせてしまった。
「な、何を言って……!」
動転した気持ちを抑えるためにも、ハンカチで口元を拭きながら答える。
「だって、いつまで経ってもそういう感じがないんだもん」
拗ねたように、カーラは言った。
「そ、それは、考えたことがなかったわけじゃないけど」
「けど?」
彼女は逆説の言葉に顔をしかめる。
「急すぎるんじゃ?」
「そんなことないわよ。私たちもう十七よ。じゅうなな!」
この国では、十六歳から二十二歳が結婚適齢期とされている。二人はそれに当てはまっていた。
タイラーは、困ったようにカーラを見ている。
「なによ、私と結婚したくないわけ?」
「そんなことない」
「じゃあなんで」
「だから、まだ早いかなって」
「早いとか遅いとかじゃなくはっきり言って! 言ってくれるまでここから動かない!」
腕を組んでそっぽを向いてしまった。頑固な彼女のことだ。はっきり言ってやらないと本当に動かないだろう。
タイラーは観念して話し出す。
「……この後、小さいときによく二人で遊んだ場所があるだろ? そこに行こうって、君を誘うつもりだったんだ。……そこで言おうと、思ってた」
タイラーはポケットから四角い箱を取り出した。
「……ま、待って。え、……プロポーズ、しようとしてたってこと?」
今度はカーラが驚く番だった。そして、次の瞬間には申し訳なさに襲われる。
「そうだよ。だから、『早い』って言っただろ?」
タイラーは笑いながら愛する人をからかった。
彼女は涙を流し始めた。タイラーは予備で持っていたハンカチを渡す。
「やり直させてくれる?」
「……っ……当たり前でしょ! 行くわよ。……秘密基地、でしょ?」
タイラーは笑顔で、照れ臭さから一言で答えた。
「うん」
二人は店を後にした。
タイラーとカーラは手を繋ぎ、思い出の場所までゆっくりと歩いていく。
紅茶とマロングラッセを、また食べに来ようと話をしながら。
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