第11話 タイラー・ポーヴル⑩
「ずいぶんと遅くなっちゃったわ……」
今回は自力で目的の家を見つけ出した。ビエトの中心部から離れたところにあり、探すのに丸一日を要した。
「ごめんください」
夜遅くに来たのが良くなかったのだろう。誰も出てこない。
「ごめんくださ……あっ」
扉を叩こうとしたところで母親が出てきたため、変なポーズでの初対面となってしまった。
「どなたです……?」
母親は下を向いたまま、小さな声で問う。
「フィーネと申します。エドガーさんはいらっしゃいますか?」
姿勢を正し、印象を良くしようと試みる。しかし、母親はフィーネの方を見ようとしなかった。
「……エドガーは先日、事故で亡くなりました」
母親はボソボソとそう告げた。
「えっ?」
「王宮騎士団へ異動することになり、王都へ向かっている最中に転落死したそうです」
「い、異動……」
まず第一に、貴族の私兵と国家騎士からなる王宮騎士団は別組織である。毎年の王宮での試験で、実力が認められた者のみが王宮騎士として活躍ができるのだ。
私兵として経験を積んでから、試験を受けて王宮騎士となる者も多いが、今回はそれを言っているわけではなさそうだった。
「なぜ異動を?」
フィーネはあえてこのように質問をした。
「魔法が使える騎士は珍しいからと」
魔法の才を持って生まれてくるのは十人に一人の確率と言われていて、その全てが先天性だ。まして、平民の中から生まれるのはさらに確率は低くなる。
確かに、騎士が魔法を使うのは珍しいと言えるが、そもそも考え方が逆である。魔法を使えるのに騎士を志す、ということが珍しいのだ。
王宮騎士団よりも、王宮魔法師団の方が圧倒的に人手が足りていないため、魔法が使えれば余程のことがない限り試験を突破することができる。
よって、せっかく魔法が使えるのに、わざわざ騎士になるための厳しい鍛練を積む者は少ない、というわけだ。
「エドガーさんは魔法が使えたんですか?」
「はい」
「属性は?」
「火です」
母親は、躊躇うことなく全ての質問に答えた。誰かを警戒する、それ自体を忘れているようだった。それくらいに、息子を亡くした母親の傷は深かった。
「ありがとうございます。ではこれで失礼します」
フィーネがそう言ってお辞儀をすると、母親は黙って扉を閉めた。
(最近だけで、失踪者がタイラーさん含めて四人。そして彼の他に一人の死亡者も出ている……。でも、これらは事件化されてなかった)
フィーネは人気のない方へ歩きながら、思考を巡らせる。
(異動はないとして、魔法が使えるのに騎士を目指したエドガーさんが退職なんてする? それに、このタイミングで転落死……)
「待って…………まずいわ!」
フィーネは全て無詠唱で、箱を作り、家のものと繋げ、ゲートへ変形させた。
無詠唱は大変に高度な技術である。王宮魔法士団の中で、一握りの者しかできない程である。
高い集中力が必要になるため、フィーネは緊急時以外めったに行わない。
フィーネは急いで家の中に繋いだゲートをくぐる。
そして、タイラーの寝ている部屋へ突撃する。
「タイラーさん! 夜分にすみません! 起きてください!」
「ど、どうなさいましたか?」
タイラーは起こされても怒らない、おおらかな性格の持ち主だった。フィーネが急に寝室に現れても、しっかりと丁寧に対応している。
「討伐のことなんですが! いつ、どこで、誰に言われたのか、教えて下さい!」
「し、仕事に行く途中、いつもの道です。ユハだったと思います」
タイラーはフィーネにつられて、早口で言った。
「ありがとうございます! おやすみなさい!」
そう言い残し、顔を歪ませながら走り去った。
「フィーネさん、そんなに慌ててどうしたんですか? …………え? あれ?」
タイラーは心配になって部屋を出てみたが、もうそこには、誰もいなかった。
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