第10話 タイラー・ポーヴル⑨
フィーネが動き出したのは夜だ。いや、すでに深夜である。あと数時間で日が昇るだろう。
月明かり以外には、廊下の残った灯りしか光源がない。視界はほぼないに等しかった。
フィーネはいつもの黒いローブを着て、フードも深く被っている。それで周りが見えるのか、甚だ疑問である。
「この時間は、一人でゆったりできるから良いわね」
フィーネはこう見えて、極力人と関わりたくない性分だった。だがこの仕事を生業としている時点で、きっとそれは叶わない。
「で、ガシェーさんの部屋はどこかしら。領主館って何でこう広いの? 滞在なんて少しでしょうに……」
そう、フィーネは領主館に侵入していた。
一つでも開いた窓があれば、彼女なら簡単に侵入できるのだ。
箱をたくさん作り、階段のようにして浮かせれば、一段ずつ登っていくだけで楽々侵入成功である。
練度の高い風魔法使いなら、これと同じことができるだろう。風を起こして自分を浮かせれば良い。だが、非常に難易度が高いのだ。
そして、そこまでの実力があるならば、その人は貴族である。しかし、貴族は金には困らず、そのような大々的な犯罪をする勇気もない。
したがって、大きな屋敷では窓の防犯はおろそかになりがちなのだ。
「領主様のお部屋はどこですかー? 部屋の名前書いといてほしかったなー」
おかしな歌を小声で歌いながら、領主ガシェーの仕事部屋を探す。
館はコの字型であり、北、東、西棟がある。フィーネが侵入したのは西棟だった。西棟には館で働く者の部屋が並んでいた。
「まあここの棟ではないわよね」
フィーネは目的の部屋が北棟にあると踏み、そちらへ向かって歩き始めた。
「騎士がたくさん歩いてる……。今ここに、領主が滞在してるってことよね」
歩きながら窓の外を見ると、庭を巡回している騎士が多いことに気が付いた。
(領地に寄り付かない領主が多いのに、ずいぶん熱心なのね)
領主を務めるのは、王から領地の運営を任命された貴族である。
だが貴族は王都の郊外に本邸を持ち、そこに滞在することを好んでいるため、多くの領主館は主のいない期間の方が多いのだ。
さらに、今は毎年の王宮召還の時期に近い。この時期に領主館にいる者は余程、領地運営に熱心なのか、物好きかなのだろう。
そのためフィーネは、ガシェーは王都の邸から討伐の指示を出したか、指示した後すぐにここを出たものと思っていた。
「あ、ここじゃない? ……よし、正解ね」
北棟に着き、少ししたところで目的の部屋を見つけた。
「えー、汚いなあ」
部屋に入ると、資料が散乱していた。机だけでなく部屋中に。このたくさんの資料の中から、目的の物を見つけねばならない。骨が折れる。
「まあ、机の上の方が重要な物ばかり、よね」
一か所を見るだけでも、面白そうな書類ばかり。これは調べがいがありそうだ。
「あら、これは……。ふふふ」
あらかたの書類には目を通した。だが、討伐や魔物という言葉が書いてあるものは全て、タイラーが関係しているものではなかった。ということは。
「……やっぱり討伐はなかったのね」
(なら、タイラーさんはどうしてあの森に行ったの?)
同じような疑問がぐるぐると脳内を駆け回る。
(他の資料に何かしらヒントがあれば……)
不意に、ゴミ箱に捨てられた美しい封筒が目についた。
明らかに、女性から送られたものだ。家紋をかたどった封蝋で閉じられている。
「この家紋は……ウィンカルのもの?」
中から便箋を取り出し、読む。
『最近もお忙しいですか? もう三か月も会えていませんね。私はあなたに会えず、とても寂しいです。あと一か月会えなかったときは、私から会いに行ってもよろしいですか? アリン・ウィンカル』
アリン・ウィンカルは、ガシェーの妻である。
そして、この手紙が届いたのはつい最近のようだ。手紙の内容からして、今ここにアリンはいないということだろう。
「仕事に熱心すぎて、奥さんはほったらかし、と」
一度も開かれていなかった手紙に同情しつつ、元に戻した。
「次は床のやつね……!」
床に散乱した書類は、先程の机にあった書類とは違い、領主館内についてのものであった。使用人や騎士の情報、給料、備品の在庫や館の要修復箇所などだ。
「一年前から、ずっとここに滞在してるの……?」
何枚も同じ内容の紙があり、ガシェーが目を通さないために何度も何度も報告書を制作しているのだと分かった。それが、一年前から続いているのだ。
「熱意があるのかないのか……。よく分からない人ね。……ん?」
フィーネが見つけたのは、一人の騎士に関する資料。つい最近、まだ若いのに退職している。しかも、退職金は異例の金額だ。
「うーん……」
散乱した書類の中から、再度騎士たちの情報に関する書類を掘り起こす。
「さっき見たのにどこやったのよ私! ……あった! 良かった!」
なんとか見つけ出すと、すぐに先程の騎士の欄を探し始めた。
「えーと、……いたいた。エドガー・ボスコ、二一歳、独身。住所は……ちょっと遠いわね。あ、ご両親と暮らしてるのか」
フィーネは今後必要になるであろう書類を全て持ち、部屋を後にした。
廊下出てから、透明化した箱を置き、ゲートを開いて家に帰った。
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