第9話 タイラー・ポーヴル⑧

 昼前、フィーネは再びビエトを訪れていた。


「ごめんください」


 周りに比べ、一回り大きな家の扉を叩く。


「はい……あら、どちら様?」


 出てきたのは女性。五十代くらいの淑やかな人だった。目当ての人の妻だろう。


「フィーネと申します。旦那様はいらっしゃいますか?」


 フィーネはフードを取ると、挨拶をした。


「! ……どんなご用で」

「いい。私が出……る」


 女性の質問を遮り、同じく五十代であろう男性が出てきた。男性は一瞬言葉を失ったが、すぐに正気を取り戻した。

 この男性が、フィーネの目的の人であった。男性は女性を家の中に入れ、扉を閉める。


「ここでも良いだろうか」


「はい。お時間を下さりありがとうございます」


 玄関前で、男性とフィーネは話し始める。


「私、フィーネと申します。あなたはこの町の町長さんで合っていますか?」


「ああ。私が町長のダコタだ」


 ダコタは、突然訪れた見知らぬ美人を怪しげに見つめる。


「いくつか質問をさせてください」


「……あなたは記者なのか」


「いえ、カーラさんの知人です。先日カーラさんを訪ねたのですが、いらっしゃらなくて。聞けば失踪したとか」


 そう言うと、ダコタは「私を疑っているのか」と顔をしかめた。


「いえ、違います。カーラさん以外にいなくなった人はいるのかと聞きたいのです」


「ああ、そうか。……それなら…………、男が、一人……」


 ダコタは、自分の疑いを晴らせるならと話し出す。フィーネは否定をしたが、彼はそれを信じていないようだ。


(男……)


「どんな人でした?」


「そいつはドンクルといってな、貧乏ゆえに独身で、両親も他界している。家に引きこもりがちで、まともに人と話しているところは見たことがない。ただ、週に二回は酒場で暴れまわるやつだ」


「暴れる……」


「だから、全くもって家を出ない、ということはなかった。だがしばらく店に現れないことがあってな。死んでるんじゃないかと心配になった酒場の店員が、私のところへやってきた。その後私が自宅へ行ったが、彼はいなかったよ」


「駐在には言ってないんですか?」


 町には駐在の騎士がいる。事件の解決や町の見回りなど、治安維持を担当していて、王都では王宮騎士団が、領地では領主の私兵が行っている。


「言っていない」


「なぜですか」


「私が見に行った数日前、そいつの住んでる家の大家が、家賃の取り立てに行ったんだと。その時、ドンクルは『仕事が見つかったから、少し待ってほしい』と言ったそうだ」


「そうでしたか」


 フィーネは、ダコタの次の言葉を待ったが、続きは無さそうだった。彼女には、さらに聞きたいことがあるのだ。


「……もう一人、いませんか?」


 ダコタは驚きで息を飲んだ。なぜこの女はそれを知っているのだろう、という驚きだった。


「確かにいるが……。もう一人は少し家を空けると自分から周囲に話していたから、いなくなったと言えるのかどうか」


「構いません。教えてください」


「そいつはユハ。男で独身だ。爽やかで優しく、皆から好かれていた。なのに特定の人を作ろうとしない」


「なぜ?」


「…………あいつは一度、カーラに振られているんだ。カーラは町一番に美しいからな……。振られても諦められなかったのか、ずっとカーラとは話し相手として仲良くしていたようだ」


 今度はフィーネが絶句する番だった。




* * *




「ただいま帰りました」


「お帰りなさい」


 フィーネが帰ると、タイラーは食後の紅茶を飲んでいた。


「フィーネさんのも淹れますね」


「ありがとうございます」


 そう答え、フィーネは一旦リビングから離れた。身支度を整えると、彼女は再びリビングへ向かう。


「どうですか?」


 フィーネが席に座り用意されていた紅茶を一口飲むと、タイラーは聞いた。


「美味しいです。ありがとうございます」


「良かったです。でも、フィーネさんの淹れる紅茶には及びませんね」


「そんなことないですよ。それに、もっと上手い人もいるんです」


「そうなんですか。飲んでみたいです」


 タイラーは、自身のカップの持ち手を撫でる指をしばらく見つめた。


「あの、カーラとシルムは、……今、どうしているんですか……?」


「……元気、そうでしたよ」


「そっか……。良かった……です」


 フィーネには、タイラーの言いたいことがひしひしと伝わっている。なぜ二人をここへ呼ぶだけなのに、数日かかっているのか。早くしないと、時間がないのに……。


「これ、さっきビエトで買ったお菓子です。屋台で売ってるの見て美味しそうだな、とつい買っちゃいました。一緒に食べませんか?」


「あ、これ僕の好物です! ありがとうございます!」


「そうでしたか! 買ってきたの正解でしたね」


 タイラーをいくらか元気付ける要素になり、フィーネは安堵した。

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