第8話 タイラー・ポーヴル⑦

 早朝、フィーネは森にいた。タイラーが亡くなった森である。この森についても彼から聞いたのだ。


「どこにあるのやら」


 彼女がここへ来た理由は一つ。

 タイラーの亡骸を探すことだ。


 彼は確かに、討伐へ行き、魔物に襲われて死んだと言った。だが、本当にそれで間違いがないのか、確認するのだ。


 しかし、フィーネの中では、討伐はなかった線が濃厚だ、ということになっている。それゆえに、この森で亡骸を探すのだ。

 討伐があったならば、亡骸は丁重に回収され、家族の元へと帰っているはずである。

 

 人が死に、霊体となった後、記憶が残るかは個人差がある。全て完璧に覚えていたり、重要な部分だけ抜けていたり、何も覚えていなかったりと様々だ。


「もしここにあるなら、きっと埋められてるわね。でも、この森全部掘り起こしてたら時間が足りないし……」


 とりあえず、歩いて目視で探すことにした。



「……ずさんね」


 探し始めて一時間。一か所、明らかに掘り返された跡がある地面を見つけた。


「素人なのかしら? 周りと土の色が違うじゃない」


 文句を言いながらも、内心は感謝を述べていた。歩いているだけで見つけられたら運が良い、くらいに考えていたからだ。


「ジェネレイト」


 フィーネは箱を生み出す。それを、怪しげな地面の少し横に浮かせた。


「クラルテ」


 この呪文で、箱は透明化する。もともと青く透き通っているものだが、完全に透明になり見えなくなる。しかし、触れはするため、普段は箱がそこにあることに誰かが気付く可能性を、わずかでも減少させるために活用している。


 だが、今回は違う目的である。


「うまくいくかしら。……ラルジュ」


 フィーネはそれを1メル四方に巨大化させると、手のひらを地面に向けた。そして、下へ下へ力を込める。すると、箱は地面に沈んでいく。箱は、視界の範囲にあれば、遠隔操作が可能なのだ。


 箱の上面が地面と同じ高さになるまで沈めると、上から箱の面に接している地中を覗けるようになった。


「……あった。……え、なんで……?」


 土の中には、白骨が入っていた。

 フィーネは少し固まったが、すぐに我に返る。


 埋められていたのに、いや、埋められなくとも一週間で白骨化するわけがない。ならば、これはタイラーのものではないのか。


 フィーネは上面から箱の中に入り、底面に降り立った。

 白骨を、近くでじっくり、詳しく見ていくと。


「これは……」


 背骨に、斬られた跡があった。魔物の爪でできるものではない。人間の扱う、刃物によるもの。


 この白骨から分かったのは、誰かが人間に殺された後、ここに埋められたということだけだった。


(ここへ来た理由について、何も分からなかったわ……)


 フィーネは箱を浮かせ、底面が地上と同じ高さになったところで側面から外に出た。そして、箱を消す。


 次はどちらに向かって歩こうかと辺りを見回した。


「……? あれは…………」




* * *




「お帰りなさい」


「ただいま戻りました。すみません、朝から出掛けてしまって」


「いえ、朝早くからありがとうございます。朝食、作っておきました」


「ありがとうございます」


 家へ帰ると、食事の良い匂いが漂っていた。

 ウキウキしながらテーブルに近づくと、パンと野菜のスープが置かれていた。


(美味しそう……!)


 フィーネは手を洗って戻ると、タイラーと向かい合って座った。そして、二人で手を合わせる。


「「いただきます」」



「タイラーさん。質問、良いですか?」


 少し食べ進めたところで、フィーネが話し始めた。


「はい、何でしょう?」


 タイラーは笑顔で答える。


「ニエージ夫妻とのご関係を聞いても?」


「はい。ニエージさんご夫婦とは、ありがたいことに仲良くさせていただいていました。たまに食事をご一緒したりとか。それとシルム……あ、娘のことです。シルムのことも可愛がってくれまして。妻と二人で出掛ける際は預かっていただいたこともあります」


「なるほど」


(仲良く……か…………)


「それと、あの……」


 突然口ごもるフィーネ。

 それを見たタイラーは、聞きづらいことを言おうとしているんだな、と察して気遣う。


「大丈夫ですよ。何でも聞いてください」


「すみません。ありがとうございます。……あの、タイラーさんのご自宅が、近所の方の家より、小さめなのはなぜでしょうか……?」


「ああ、それなら少し前に火事が起きまして。資金もなく、困っていたところ、領主様があの家を譲ってくれたんです」


「か、火災……! ……それ以前からニエージ夫妻とは親交が?」


「はい、そうです。その時も色々と協力していただきました」


「そう、でしたか」


「火事が起きた時、家にいるのが僕だけだったのが幸いでした。……新しい家は家族三人では狭かったですが、二人だと少し広くなりましたかね、ははは」


 タイラーの乾いた笑いに、フィーネは何も言えなかった。


 カーラがいなくなったことを伝えられなかった。

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