第7話 タイラー・ポーヴル⑥
夕飯前。一度帰り、タイラーに食事の準備を頼んでから再びビエトへ向かった。
「ない、わね」
フィーネはこの町の一番大きい広場で、この町唯一の掲示板を眺めていた。
町の人々は、ローブを着た見知らぬ人が掲示板を前に立ち尽くしている様子を、遠巻きに見つめていた。
掲示板には町のあらゆる情報が貼り出されている。領主からの通達や求人、店の広告、結婚式の開催を告知するものまで、内容は様々だ。
人が多ければ多いほど、すなわち町が大きいほど設置数も多くなる。ビエトはそこまで狭くないのに、一つしかないようだ。それゆえに、たくさんの人がこの広場に集まってくる。
人々の社交の場となるよう、領主がわざと一つにしたのかもしれない、と彼女は感心した。
しかし、掲示板には討伐についての情報はなかった。
すでに剥がされているだけなのか、初めから貼られていなかったのか。
フィーネは、移動を開始した。
「ごめんくださーい」
ある建物の扉を叩けばすぐに開かれ、青年が出てきた。
「こんにちは」
「…………。……あ、社長ー! きれいなお姉さんが来ましたよー!」
出迎えてくれた青年は、フィーネを見てしばらく固まった。我を取り戻すと、大声で社長に伝えた。
「すぐにお通ししろ!」
ここは、タイラーが働いていた会社である。
ネリタから所在を聞き、フィーネ一人で来た。
この会社は、建設業と護衛業で成り立っているようだ。屈強な男たちがたくさんいたり、それにまつわる道具がたくさん置いてある。
「こちらへどうぞ」
先ほど社長へ声を掛けた青年が、部屋へ案内してくれた。きっと、この部屋は社長室なのだろう。
「ありがとうございます」
「いえいえ。……社長! 開けますね!」
「ああ」
向こうから低い声が聞こえ、青年は扉を開ける。
「こんにちは、フィーネと申します」
「……お、れは、社長のローブス・ヒタムだ」
ローブスは部屋の奥で机に向かい、椅子に座っていた。そして挨拶をするために顔を上げ、数秒固まった。
ここは男の部屋にしては小綺麗であった。だが、普段は使わないのか、はたまた掃除を怠っているのか埃は目立つ。
「汚いところで申し訳ない」
「十分綺麗ではないですか?」
「そうか?」
そう言いながら、彼は手前のローテーブルの両側にある一人用ソファに腰かけた。その後、手の動きでフィーネにも座るよう促す。
フィーネはそれを見て、反対側の空いている方へ座った。
「どういったご依頼で?」
「あ、すみません。依頼ではなく、お話をお聞きしたくて」
「話……?」
「はい。タイラーさんのことです」
ローブスはタイラーの名前を聞き、目の色を変えた。机に手をつき、立ち上がりながら、
「タイラーについて何か知っているのか?!」
と、聞いた。
「いえ……。皆さんが把握していることしか知らないと思います」
「そ、そうか。声を荒げてしまったな……」
「いえ、大丈夫ですよ」
ローブスは申し訳なさそうに、ソファに座り直した。
「タイラーとはどういう関係で?」
「知り合いです。友人のカーラを訪ねて来たら、二人とも行方不明と聞いたものですから……」
「そういうことか。……我々もタイラーがいなくなったその日から、様々な場所を探したり、情報を集めたりしてるんだが、何も掴めない」
「そうだったんですね……。タイラーさんは、失踪した日はどちらに?」
「その日、タイラーは休みだったんだ。だからどこで何してたかは分からない」
(ローブスさんも、討伐について知らないのね……)
「次の日、タイラーは時間になっても来なかった。そんなことは一度もなかったから心配だったんだが、最近働き詰めだったから寝坊でもしたんだろうと、そう判断したんだ」
「そんなに働いていたんですか?」
「ああ。給料は別に少なくないとは思うんだが……。最近、あいつ痩せてきてたんだ」
(タイラーさんが痩せていたのは働きすぎだったからなのか……)
「で、午後になっても来なくて、流石にヤベーだろって会社内が騒ぎになった。ちょうど依頼が一つもなかったから、社員たちと一日中捜索したよ」
「それでも、何も掴めなかったんですね」
「そういうことだ。今でも依頼がない日には、……もともと社員が少ないから数人体制にはなってしまうが、タイラーを探させているんだ」
ローブスはここまで話し終えると、大きくため息をついた。
「本当に、どこに行っちまったのか……」
頭を抱え、独り言を呟いた。
フィーネは、その様子を見て胸を痛めた。
「……カーラは来ましたか?」
「ああ。もちろん来たよ。夫が昨日から帰ってないって、泣きながら。せっかくのかわいい顔がボロボロになってたよ。それがきっかけで捜索を開始したんだ。そしたら次はタイラーの嫁さんだ。ほんとにどうなってんだ……」
フィーネは、項垂れるローブスをしばらく見つめていた。
* * *
「帰りました」
「あ、お帰りなさい」
フィーネが帰ると、タイラーが皿を並べているところだった。
「準備してくださって本当にありがとうございます」
「いえいえ」
今日の夕飯は、前日から調味料に浸けていた肉。フィーネの大好物である。特にパンに挟んで食べるのがお気に入りの食べ方だった。
「「いただきます」」
フィーネが席についたところで、二人で挨拶をして夕食を食べ始めた。
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