第5話 タイラー・ポーヴル④

「ここ、よね」


 果物屋の女性に言われた通り、南に十五分歩いた所に少々こじんまりとしている家があった。一階建てで、庭もない。

 表札にはポーヴルと書かれており、ここで間違いなさそうだった。


 フィーネは玄関まで進み、ドアを叩く。


「ポーヴルさん、いらっしゃいますか」


 返事はなかった。しかし、もう一度同じことを試みる。


「ポーヴルさーん」


「あの、ポーヴルさんにご用ですか?」


 後ろから女性の声が聞こえた。

 作戦通り、とフィーネは内心で笑みをこぼす。


「はい、そうです。もしかして、いらっしゃらないのですか?」


 振り向きながらそう答えた。


 そこにいたのは、黒に近い茶髪を一つにまとめ、動きやすそうなブリオーを着た女性であった。穏やかで優しそうな顔つきだ。


「……! た、タイラーさんもカーラさんも不在です。どんなご用でしたか?」


 女性はフィーネの美しさに見とれ、返事に一瞬だけ間ができた。


「いえ、これと言った用はなく……。仕事で近くに来たので二人の顔を見ようかと」


 これも、この女性から円滑に情報を聞き出すための嘘である。


「そうでしたか。うちでお待ちしますか、と言いたいところなのですが……。ここのところ、二人とも帰ってこないのです……」


 この女性も、タイラーの死については知らないようだった。


「そうだったのですね。えっと、あなたは……」


「私はここの隣に住んでいる、ネリタ・ニエージと申します」


(よし、隣の住民だったわね。このまま娘さんに会わせてくれると良いんだけど)


「ネリタさん、親切にありがとうございます。私はフィーネといいます。タイラーさんの遠い親戚で……」


「名前まで美しいのですね……」


「えっ?」


 小さく囁かれたそれは、フィーネには届かなかった。


「いえ! なんでもありません! 親戚の方でしたか。……せっかく来ていただいたのです。ぜひお茶でも飲んでいってください」


「よろしいのですか?」


「はい、シルムちゃんも喜ぶと思います」


(シルム、ちゃん。娘さんの名前ね)


「二人の娘さんですよね? まだ会ったことがないんです」


「そうなんですね。とっても可愛い子なんですよ」


 フィーネはネリタに案内され、ニエージ家へと入っていった。


「シルムちゃん、ただいま!」


「お帰りなさい!」


 ネリタが声をかけると、六歳くらいの可愛らしい女の子が二階から降りてきた。


「シルムちゃん、こちらはフィーネさん。ご挨拶できるかな?」


「うん! こんにちは、フィーネさん! シルム・ポーヴルです!」


 そう言うと、シルムはスカートの裾を少し持ち上げてお辞儀をして見せた。可愛らしい挨拶にフィーネは思わず顔を綻ばせる。


 フィーネはかがんで少女と同じ目線になり、挨拶をした。


「こんにちは、シルムちゃん。よろしくね」


 シルムはフィーネを見ると驚いた顔をし、口から言葉が漏れた。


「……人形」


 純粋な意見に、ネリタは慌てた。


「ちょっとシルムちゃん、そんな」

「いえ、大丈夫です。ねえ、シルムちゃん。どうしてそう思ったの?」


 ネリタのシルムを叱る言葉をさえぎり、フィーネは質問を返す。


「だって! とっても可愛いんだもん! どのお人形さんよりも、ずっときれい!」


「あら! すっごく嬉しいわ。ありがとう」


 その言葉にフィーネは照れた。

 小さな子からの褒め言葉ほど信用できるものはない。


「でもね、シルムちゃん。私は今日ね、もっともっと可愛いものを見つけちゃったの」


「えー! なになに?」


「なにって、シルムちゃんに決まってるでしょ?」


「ほ、ほんと?」


 ぷっくりとした頬を染めて、少女ははにかんだ。


「ええ、ほんとよ。抱き締めたいくらいだわ」


 フィーネが腕を広げると、少女が飛び込んできた。

 体温、肌触り――。抱擁の全ての心地よさが、彼女にとって久しぶりの感覚だった。


「ねえ、フィーネさん、一緒に遊ぼ……?」


 可愛らしい少女から誘われて、断るようなメンタルは持ち合わせていなった。だが、自分の理性を全てつぎ込み、こう述べる。


「あら、楽しそうね。ぜひ遊びましょう。でも、少しだけ待っててくれる? ちょっとだけ、ネリタさんとお話しがしたいの。終わったらシルムとすぐに遊びたいから、準備して待ってて。ね?」


「分かった! お人形と、絵本と、それから、えーと。……いっぱい準備する!」


「ありがとう。よろしくね」


 少女は了承すると、二階へ駆け上がっていった。


「フィーネさん、すみません」


「いえ、私も遊べるのは嬉しいので。……シルムに言った通り、少しだけお時間をもらっても良いですか?」


「はい、大丈夫ですよ」



「うちにこれしかなくて……。お口に合うと良いのですが」


 カップからは、爽やかな香りが立ち上っている。大衆に人気の茶葉だろう。


「ありがとうございます」


 フィーネとネリタはダイニングテーブルに向かい合っていた。


「それで、話とは何でしょうか」


「はい。カーラさんについてです。何があったのか教えていただけませんか?」


「! ……長くなってしまうかも知れません」

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