第4話 タイラー・ポーヴル③

「おはようございます、タイラーさん」


「おはようございます」


「すみません、今日の朝ごはんは昨日の残りで良いですか?」


「はい、ありがとうございます」


 タイラーが起床しダイニングへ来ると、フィーネはすでに朝食の準備に取りかかっていた。


 昨日は依頼承諾の後、まず食事を取った。

 フィーネは家にあった物でスープを簡単に作り、パンにバターとハムを添えた。もう食事を口にすることはできないと思っていたタイラーは、目に涙を浮かべながら黙々とそれらを頬張っていた。


 朝食が出来上がるとすぐに、二人は席に着いた。


「私は食事の後、仕事に向かいます」


 フィーネはパンにバターを塗りながら、そう言った。

 塗り終えると、そのパンをタイラーに渡す。


「あ、ありがとうございます。……でしたら、片付けは僕がやっておきましょうか」


「いえ、大丈夫です。ゆっくりしていて下さい。お気遣いありがとうございます」


「分かりました」


 これ以降、少しの雑談を交えながら朝食を終えた。



「さて、と」


 フィーネはローブで頭から足まで全身を覆い、森をしばらく歩いていた。

 家から目視出来なくなるところに来ると、立ち止まった。


 ここまで移動してきたのは、移動に際して魔法を使うためだ。禁忌魔法を恐れるであろう依頼主への配慮と、彼女が自身を守るためには必要なことだった。


「ビエトには行ったことあったかしら」


 フィーネはおもむろにローブから手を出し、その指のスラッと長い手を見つめた。


「ジェネレイト」


 一言呟くと、次の瞬間、彼女の手に立方体で青く透き通った箱のようなものが出現した。


「コネクト」


 唱えると、箱の中にどこかの街の景色が映し出される。


 すると、フィーネはそれを覗き込んだ。端から見れば箱を見ているように感じるだろう。しかしそうではなく、彼女はもっと先を見ているようであった。


「お、あるじゃない」


 箱の景色が数回変わったところで、フィーネは途端に笑顔になった。箱に目的の場所が映し出されたようだ。


「トーア」


 彼女は言いながら箱を放った。それは地面に着くことはなく空中に留まり、次第に形を変化させた。


 三秒ほどして、箱は人が一人通ることができるような大きさのゲートへと変貌した。彼女は躊躇なくそのゲートに向かって前進した。



 ゲートは狭い路地に繋がっていた。そこから少し道なりに歩くと、市場に出た。迷わなかったのは運が良い。


 フィーネはビエトに到着した。


「ふーん、結構良いところね」


 ここは他の領地と比べて王都から離れているのに、しっかりと整備され、管理もきちんと行われているようだった。


「で、タイラーさんの家はどこ? ……あ、あの人に聞いてみようかな」


 タイラーから方角などを教えてもらってはいるが、知らない町で自力で探し出すのは難しい。そこで、近くにあった果物屋の女性に聞くことにした。


 フィーネはローブのフードを取り、笑顔を作って聞く。


「すみません、タイラー・ポーヴルさんのお宅はどこにありますか?」


「おや、これはまた綺麗なお嬢さんじゃないか! 何を食べたらこんなに色白で美人に育つのかね!」


 店の女性は豪快に笑って言った。


「あはは、ありがとうございます」


「あれまあ、信じてないね。お世辞じゃあないんだけどねえ」


 これを最後に、女性はニコニコしたまま黙ってしまった。この状況を打開するには、あれしかないだろう。


「このリンゴ、もらっても良いですか?」


「まいどあり! 一つ100コルだよ」


 正解のようだ。

 フィーネはリンゴを選別して100コルを渡した。


「ああ、そうだ、タイラーの家だったかい? 教えてやっても良いんだけどね」


 女性から情報を聞き出せそうで良かったと、フィーネは胸を撫で下ろす。これでもし何も知らないというオチだったならば、100コルを捨てたのと同義だ。

 ただでさえ仕事が少なく節約を強いられている生活では、100コルでさえ貴重なのである。


「きっと行っても会えないよ。もう何日も帰ってないらしい」


 フィーネは困惑した。店主はなぜ、タイラーが死んだことを知らないのだろう。


 普通、討伐があれば、その内容や結果は公表される。場所、倒した魔物の数、負傷者や戦死者の数など、例え小規模な討伐であったとしても、これくらいの情報は出されるのだ。


 公表されるとは言っても、町の掲示板に小さな報告書一枚が貼られるだけ、という場合もある。フィーネは、この女性が討伐について関心がなかっただけだろうと思った。


「そうなんですか?! では、ひとまず奥様に会おうと思います」


 馴染みのないフィーネが、タイラーについての情報を知っているとあれば女性は困惑するだろう。それを避けるため、彼女は言葉に嘘を混ぜる。


「それがね、嫁さんもどっか行っちまったらしいんだ。娘もいるのに可哀想だよねえ」


「……え?」


 フィーネの笑顔が崩れた。


「娘さんは家にいるんですか?」


「ああ。置いていったみたいだよ。今は隣の家の奥さんが面倒を見てるって聞いたねえ。まだ小さいのに可哀想だ」


「そうですか……」


 フィーネが下を向き状況を整理していると、女性は何かを思い出したらしく、怪訝そうな顔になった。


「……夫婦揃って浮気をしていたんじゃないかって噂だよ。タイラーは最近帰りが遅くなっていたらしいしね。で、嫁さんはタイラーが帰らないのを良いことに、相手と逃げたんじゃないかってね」


 タイラーの話では、夫婦仲も親子仲も良好だったはずだ。


「そういえば、……お嬢さんはどういう関係でタイラーを訪ねに来たんだい?」


「私は仕事で来たのです」


 フィーネはきっぱりと言い切る。


「……そうかい? じゃあ教えようか。そうだね、南へ十五分歩きな。そしたら着くはずさ。周りより小さな家があるだろうから」


 女性は指を指しながら説明した。


「ありがとうございます。行ってみます」


「ああ、また来てね」


 フィーネは会釈をして店を去った。

 彼女は歩く途中で、リンゴを頬張った。


「あら、美味しいわね」


 このリンゴは無事、彼女のお眼鏡にかなったようだ。

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