第3話 タイラー・ポーヴル②
タイラーは俯きながら、ポツリポツリと言葉を続ける。
「僕には、妻と娘がいます。妻は、小さい頃からの友人で、僕の方から結婚を申し出ました。……受け入れてくれたときは、最上の幸福でした。それから、彼女は、どんな時だって笑顔で、僕を癒して、……くれました。……コロコロと、笑うん、です。…………う、うう……」
タイラーは堪えきれず、涙を流し始めた。
「……娘は、まだ六歳で、っ、少しわがままなところも、ありますが…………健気で、優しい子なんです。あの子の成長、っう……もっと、見ていたかった…………」
彼の右手は目元を押さえ、もう片方の手は膝の上で固く閉じられていた。
「お二人のこと、とても愛していらっしゃるんですね」
「……!」
タイラーは顔を上げ、フィーネを見た。彼を思慮する表情や瞳は、慈悲深い女神のように感じられた。
「……はい、心から……! うっ……うう……」
タイラーはさらに涙を流した。
彼が落ち着くまで少し時間をおいて、フィーネは質問をした。
「タイラーさん、なぜご家族にお会いしたいのか、理由を聞かせて下さい」
そのような願いを叶えたいとここにやって来たということは、患っていた病気で死んだなどではなく、突然死や他殺で死んでしまったと予想される。
「僕は家族とビエトで暮らしていました。……ある時、近くの森で魔物が出たんです」
ビエトは、ガシェー・ウィンカルによって統治される町。農業技術が素晴らしく、数多くの食物を国内外に納めている。
「そこで、討伐をしようと領主様はご判断なさりました。領主様の私兵では数が足りず、領民に募集がかけられました。……恥ずかしながら毎月の収入が少なく……、僕は報酬目当てに討伐へ向かうことにしました。そして、その道中で小さい魔物にやられちゃいました……。間抜けですよね……」
ならば、タイラーが死んだことはその町では周知の事実なのだろう。討伐で死んでしまったのならば、大々的でなくとも発表はあったはずだ。
それなら妻子をここに連れてくるのは容易である、とフィーネは判断した。
「いえ、そんなことはありません」
「そう、でしょうか……?」
「はい」
「……ありがとうございます。少し、救われました」
そうは言うものの、作り笑いなのは見て分かる。きっと自分を責めているのだ。
妻子とまだまだ人生をともにしていたかっただろう。悔しさもあるはずだ。
そして、フィーネは微笑んで言った。
「ご依頼、お受けいたします」
「本、当ですか……! ありがとうございます!」
タイラーは立ち上がって何度もお辞儀をした。
「お顔を上げて下さい」
フィーネは困ったように言うが、タイラーは顔を下げ続けている。
「……あ、そうだ。これから依頼を達成するまで、ここに住んでいただきます」
フィーネは思い出したように言った。
「!? ど、どうしてですか?」
突拍子もないことを言い放たれ、タイラーは勢い良く顔を上げた。
フィーネはタイラーにイスに座るよう進め、彼はそれに従う。
「タイラー様は今、霊体となって現世におられますね。では、問題です。タイラーさんのような方と、普通に生きて暮らしている方、二つには違いがありますが、それが何か分かりますか?」
「えっと、…………」
突然の問題に文句も言わず、タイラーはうんうん唸りながらしばらく悩んだ。だが答えは出そうになかった。
「すみません、分からないです……」
「正解は、体を持っているか否か、です。体があるからここに留まれる、壊れたなら向こうで次の体の順番待ち。本当なら、そういうものなんです」
今世で生き、死ねばあの世で来世を待つ。それが理である。たとえ今世で未練が残っても、向こうへ行けば記憶は消えてしまう。それなのに、どうして魂はまたここへ来て、生きたがるのか。
「体は魂の入れ物であり、魂に傷が付かないように守ってくれるものでもあります。本来、今世には体がある、生きているものしかおりません」
万物は死ぬと、その魂は神の元へ帰る。
ただし、例外も存在する。こちらに未練が残ってしまうと、帰る選択をしない者がいるのだ。ごく稀に、帰ることができないという場合もあるが。
どちらにせよ、魂が死んだ体を離れると、魂はその体を模倣する。つまり、霊体となる、ということだ。
「ですが今、タイラー様は体を持たずここにいます。つまり、魂が剥き出しの状態です。傷付き放題です」
「え、それはまずいですよね?」
「ええ、まずいです。体なしでは二週間で魂が壊れます」
「え! 二週間ですか?! 僕、ここに来るまでに一週間くらいかかってると思います……」
タイラーの顔が不安でひきつった。
「クロッツの中なら、……いえ、具体的に言えば、庭までですが。……見てください。庭の柵がありますよね。そこから出なければ、魂を簡易的にですが保護できます」
そう言うと、フィーネは彼に窓から庭を覗かせた。
「え! じゃあずっとここで暮らせば、永遠に」
「あくまで簡易です。制限時間を一週間ほど伸ばすだけですから」
「そ、そうですよね」
フィーネに間髪入れずに返事をされ、タイラーは狼狽えた。
「ですから、ここで過ごすのです。タイラー様は一階を使って下さい。そこの空き部屋にはベッドもございます」
「フィーネさんはどうするんですか?」
「私は二階で過ごしますので、どうか気を張らずに、くつろいでいただければと思います」
タイラーはあからさまに落ち込んだ。
彼は、死んでから誰とも話せず過ごしてきた。そんな中、やっとクロッツへたどり着き、フィーネと会話をしたのだ。彼女との距離が空くのを、寂しく感じるのも無理はない。
「では朝と夜の食事は共に済ませましょう。それ以外は依頼解決へ向け、仕事の時間とさせていただきます。私が外出していても、名を呼んで下さればいつでも参ります。それと、タイラー様は一階と庭でしたらどこに行っても、何をしても構いません」
フィーネはタイラーの心情を察し、救済のための案を提示した。
「本当ですか……! ありがとうございます。食事が楽しみです」
「はい、私も楽しみです。実は、誰かと食べるの久しぶりなんですよ」
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