第10話
俺はドラゴニュートに気付かれないように、胸のポケットからサンプル瓶の入ったユニパックを取り出す。よかった。中で破損してたり漏れてたりもしていない。
ユニパックからサンプル瓶を取り出し、そーっと瓶の蓋を緩めた。塩酸が蓋の隙間から染み出てくるが、ニトリルゴム手袋なら問題ない。
とある殺し屋の言葉を思い出した。「作業だと思えば殺気は出ない」と。誰だったかな。
殺気を込めなければ、ヤツは俺が何をしても無視するだろう。逆に、出ない俺の「か〇は〇波」の殺気にも気が付いたようなヤツだから。
中身は100mlとはいえ濃塩酸。直接かければ生物ならダメージを与えるだろう。ドラゴニュートが生物かどうかは知らんけど。
ドラゴニュートの背後3mぐらいに俺はいる。狙いはヤツの左肩の上ぐらい。槍を持ってない方の肩口なら、サンプル瓶に気が付いたら素手で払いのけるだろう。堂々としているので、大きく飛び跳ねて避けるタイプじゃなさそうだし。軽い衝撃で蓋は開くに違いない。そこでうまくヤツの顔面に塩酸を浴びせれば、大ダメージも可能なはずだ。
放物線を書くように投げる時のイメージは、着地点より最高到達点だ。テニスで打つロビングのイメージ。
しっかりと脳内でイメージした俺は、下手投げでサンプル瓶をトスした。
スローモーションのようにサンプル瓶が放物線を描く。思った通り、ヤツはサンプル瓶が当たる直前に気が付き、左を向くように左手を振るった。手に当たったサンプル瓶の蓋が外れて、中の塩酸が飛散する。
イメージ通りに塩酸がドラゴニュートの左顔面に降りかかった。
「グアァァァァァッッッ!!!!」
おおっ、さすがに悲鳴は何を言ってるかがわかる。完璧だ。
ドラゴニュートの左顔面は強酸で焼けただれ、白い煙が上がっている。大ダメージだろう。ヤツは左手で左顔面を覆い、悲鳴を上げながらこちらを睨んでいる。
・・・あれ?
俺のイメージだと大ダメージで転げまわり、無力化するはずだったのだが・・・
ドラゴニュートの悲鳴が轟き、騎士団も魔術師たちも、魔物たちですら動きを止めてこちらを見ていた。みんな「何事だ?」と驚いた表情。
周囲の異変に気を取られているうちにドラゴニュートの悲鳴は治まっていた。
すでに左手で顔を覆うこともなく、仁王立ちでこちらを向いている。二本の足でしっかりと大地を踏みしめていた。ドラゴニュートの左顔面は赤黒く焼けただれ、白い煙が上がっている。左目は完全につぶれたであろう。
残った右目は怒りに血走っているようで、黒目が縦に細くなっていた。全身から黒いオーラが立ち上っている。幽霊を見たことがない俺でも、黒いオーラはしっかりと視認することができた。
えっと・・・これ、最悪じゃね?
ゆっくりとドラゴニュートが近づいてくる。
俺はヤツの殺気に当てられて動くこともできない。
状況は完全に「詰み」だ。
ドラゴニュートの足が止まった。
ヤツは右手で大きく槍を振りかぶる。
一旦ピタッと止まった後、すごい勢いで槍の切っ先が迫ってくる。
俺は目を瞑り、「!!!
パキィーン!!!
額の前あたりで、ガラスの割れたような音をした稲妻が光った。
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