手品師とキャベツ

円盤

手品師とキャベツ

 その夜は、月が綺麗だったと思う。有名な告白の文句なんかじゃあない。普通にただ満月がぽかんと浮いていて、丸くて明るいから綺麗に見えた。それだけだ。

 俺は見慣れた目の前のキャベツに目線を戻し、背筋を伸ばして大きく息を吸った。

 こいつはこの草ぼうぼうの廃屋でこっそり練習を始めてから生え始めたキャベツだ。最初は何の植物かすら分からなかったのだが、日に日に丸く大きくなっていく様子を見てキャベツだとわかるようになった。

 まあつまるところ、ひとりぼっちの俺の物言わぬ相棒だ。病気じゃあないぞ。

「はい、じゃあまずはこのトランプから一枚引いてください」

 ぎこちない動きで視線を誘導する動きの練習をした。数あるトランプの中から特定の一枚を引かせるための動きだ。

 先輩方からはお前は動きが硬いなぁ、と言われており、今日も前座で失敗をしてしまった。なんとかカードは当てられたが、そういう話じゃない。運の良さで当てたって何も良くはない。

 人の心理を操り、気がつかないまま誘導されていた、そんな手品ができなくては。一人前にならなくては、頑張らなくては。

「俺のなりたい理想に近づくんだ、それしかない」

「ふむ。然してそれは本当に正しいのか」

 聞き覚えのない声がした。

「だ、誰」

 どこだか知らない廃屋で夜な夜なこっそり手品の練習をしていたのがバレたらしい。不法侵入で訴えられるだろうか。声が震えぬよう返事をする。

「驚いた。聞こえるのか」

「どこにいるん……ですか」

「目の前だ」

「目の前」

 見えるのは廃屋と自分の体、そして何故か生えてきたキャベツである。

「そのキャベツが私だ」

「えええ」

 キャベツが言うには、この地域の神様なのだと言う。私から見れば収穫直前のキャベツにしか見えないが。

「つまりだ。これまでは私の影響はとても大きく、このようなキャベツではない、この地域全体の森林、地面、自然物が全て私のものだったのだ」

「偉大な神様だったんですねー」

 棒読みで返しているのに、心なしかキャベツが嬉しそうに反り返っている気がしなくもない。

「そうだ。様々な危険から私は人間を守ってやった。だがどうだ見てみろこの社を」

 廃屋は元々こいつのお社だったらしい。

「すっかり古くなり、忘れ去られ。影響力がみるみる減った。何と恨めしい」

「殆ど悪霊じゃないですか」

「いいや違う。私は神で、今もこの地域の人間を助けようと奮闘しているのだ」

「へえ……」

「馬鹿にするでない。私は残った力でキャベツとなり、今お前と話すための媒介にしているのだ!!」

「もっと他の姿もあったと思うんですけど!」

「何を言うか!人型などとうに取れぬわ!」

 なんだか偉そうである。偉いのだろうが。

「で、そこまでして何とかしたいやつが居ると」

「いる。私の力が弱まったのをいい事に、知らぬ神がここを支配しに来たのだ」

「世代交代じゃないですか」

「しらん!新興の白い神民とかいう奴等だ。あいつらが信仰する何だったか、なんかとなにかの末裔とかいう神なんだがな、金のない連中から無理矢理金をむしり取って力を蓄えておる!」

 何処かのお菓子を捩ったような名前に呆れながら、胡散臭い新興宗教にも一応神がいたのかと少し驚いてみる。

「信じれば神ですねきっと」

「そうだ。だがあれは嫌なやつだ」

「どこが違うんですか」

「すごい成金感が嫌だ!」

「個人の感想」

「あと、少しは私も忘れるな!」

「ただ自分の信者が欲しいだけじゃないですか……」

「兎に角この私の信仰を取り戻し、あの何か嫌な連中を倒す。お前、協力しろ」

「嫌ですよ、仕事があります」

「その手品をキャベツの私が手伝い、見たことのない奇跡を目にしてやろう」

「嫌です」

「はあ?新興宗教共みたいに奇跡を見せれば、人は簡単に宗旨替えをする筈」

「人間なんだと思ってるんですか」

「私を敬わなくなったものだ」

「は、それだからあんたは忘れ去られたんですよ。私はね、手品師であることに誇りを持っています。だからあんたの奇跡なんか要らないさ」

「何だと、毎日毎日ここに通って上手くなりたいなあ、下手なのは嫌だなあ急に上手くなりたいなぁと私に言い続けていたではないか!」

「まさかキャベツの芽が話すなんて誰が思いますか!成長するのを地味に楽しんでいたのに!あーあ興醒めだ、来るのは今日で終わりです。あんたみたいな人間を何とも思っちゃいない神様なんて滅んでしまえばいいんだ。じゃあな」

 カバンを背負い、廃屋を後にする。

「ま、待ってくれ!待つんだ!待ってください」

「はあ?」

「わ、私が間違っていた、間違っていたよ」

 キャベツは急にしおらしくなった。

「新興宗教の白いやつ、あいつを見ていてな、偉そうにしなければ人はついてこないと思ったんだ」

「はあ」

「態度を変えてみたら見事にダメだ、どうしたらいいのかもう分からない、どうか私に人を笑顔にする方法を教えてほしいのだ……」

「人心掌握ってことですか、なら政治家にでも話しかければどうです?売れない手品師の俺なんかよりよっぽど良い」

「……君の前に現れたのは、ちゃんと理由があったんだ。君の手品は人の心を動かして、笑顔にする力があったんだ」

 なんだか少し照れくさいが、絆されてやるものか。

「下手だから売れないんですけど」

「たしかに君は下手だったのかもしれない。でも、体がまだ無い頃、つまり街を彷徨っていた頃の話だ。ふらりと立ち寄った劇場で、君の手品は笑いを生み観客を喜ばせていた」

 なんだその幽霊みたいな設定は。そう思いながらキャベツを見下ろすと、何処となく頭を下げているような気がする。

「どうか君の手品で、この地域の子どもたちを笑顔にしてくれないか。最近の子供達はとても悲しそうな目をしている。だからどうか」

「はあ」

 お金にならない。やる意味は無い。断ろう。そう思いながらキャベツを見た。

「あのな、子供なんて」

 なんとなく、途中で声を飲み込んだ。

 自分が手品師に憧れたのは子供の頃だった。仕事にしようと思ったのは大学に来てからのことだが、退屈だった小学生の日々は手品の練習でわくわくする日々に変わった。

 思い出すつもりは無かったが、なんとなく思い出してしまった。

 きっとこんな面と向かってこんなこと言う奴は見たことないからだろう。キャベツだが。超絶特別にファン1号と名付けてやっても良いかもしれない。キャベツだが。

 私は凄く考えるフリをして、もう決まっていた答えを伝えた。

「一回だけ」

 キャベツが顔を上げた……ような気がする。

「一回だけやってあげます。でも、人を集めるのはどうするんですか」

「それは問題無い。子供達は日々、夜まで家に帰ることなくここに寄る。その時間、君に手品をやって欲しいのだ」

「……明日は空いています。夕方4時頃から1時間。こんな廃屋じゃ子供も嫌だろうし、ちょっとくらいは何かできますよね、魔法みたいな力で綺麗にするとか、神様だし」

「できぬ。私はこのキャベツを依代に喋ることだけができるのだ」

「えええ」

 これはもうただの喋るキャベツでしかないじゃないか。喋るだけのキャベツにどんな価値があると言う。しかも誰にも聞こえないかもしれない声なんて、と思ったところで一応聞いてみる。

「この声はどんな人にも聞こえます?」

「お前は霊感が強いのか?」

「いや1ミリも。心霊スポットですら何も感じたことはないですね」

「ではおそらく話した事はないが、聞こえる可能性が高いな」

「うーん。じゃ、来月にしましょう」

「来月に?」

「ここを片付けて、小さなショーをします。先輩にも掛け合って」

「そんな事、君に何の利益があるんだ」

「そりゃアレです。これでもプロですよ。練習ついでに大人から巻き上げてやらなくっちゃ」


 それから2週間、私はあっちこっちと奔走した。念の為に使用許可を貰って元お社の前の草を刈り、小さなステージとは名ばかりの板を敷く。看板を立て、先輩に出てもらえないかと直談判をするもあえなく撃沈した。

 そんな忙しくも楽しいある日のことだ。遅くまで残っていた子供が話しかけて来た。こいつはのちにガキ大将1号と心で呼ぶことになるガキの中のガキだ。

「あんた、無職なの?」

 とりあえず失礼なのだ。

「違うぞ」

「ここ、俺らのナワバリなんだけど」

「ここは公共の場だぞ」

「草むらと秘密基地のおかげで隠れ家だったのに、すっかり綺麗になっちゃったんだよ」

「良いことじゃないか」

「かくれんぼし辛くなった!」

「鬼ごっこができるようになったんだぞ!」

 しばらくの間大人気なく言い合ってぜえはあと肩で息をする。ガキも少し疲れたらしく、暴言が途中で終わった。

「で、なんだ、きょうは随分遅くまで残ってるんだな」

「俺たちの秘密基地を荒らすこの看板の主をとっちめてやろうと思ったんだよ」

「とっちめるなんて死語じゃなかったのか」

「死後ってなんだ、死んでないぞ」

「所詮はガキの語彙力よ」

 ぐぬぬ、と聞こえて来そうな表情をしている。

「ガッキィ、もうやめようよぉ」

 後ろから出て来た子分1号がガキ大将1号を引っ張る。名前までガキだったか。だが若干どこぞの女優っぽいの辞めてほしい。可愛いあの子を見る度にこのガキ大将が頭をチラつくじゃないか。

「そうだお前ら、来週ここでちいさな手品ショーをやるのは知ってるだろ?友達連れてこい」

「ええ、嫌だよめんどい」

「おどろくなよ、キャベツの腹話術から始まって、キャベツの解体復元ショーもやるぞ」

「それのどこが楽しいんだよ……」

 腹話術と称してキャベツの声が聞こえるか実験してみようと考えた。

「よし、ちょっとこっち来い」

「なんだよお前、怖いぞ、防犯ブザー鳴らすぞ」

 言われてみれば夕暮れ時である。そりゃ不審者だわ。

「仕方ない、こっちはまたにしよう。今日は手品師の技を少しだけ見せてやる!」

 トランプを取り出して一枚選ばせ、パラパラと混ぜる。これはコツがあって、混ぜているようで混ぜていないという不思議なシャッフル方法。だいぶ慣れたが滑らかにやるのは相変わらず少し大変なのである。

「す、すごい、あたった!」

 子分1号、お前は素直で良い奴だ。

「見破ってやる!」

「そうだぞー、タネも仕掛けもあるぞー」

 その日から子供達が手品を見せろと強請るようになった。俺は少し早くお社に顔を見せるようになり、キャベツの腹話術と称してやつの声が聞こえるか実験してみた。

「なんだこの子供達は!」

「キャベツが喋ったみたいな腹話術の練習中なんだ。どうだ?」

「すげー、別人みたいな声に聞こえる」

「声優さんとかできそうですよね」

 とりあえず、一つ憂いが取り除かれた。まあ腹話術自体は練習していたけれど、キャベツと話す方が断然面白くなりそうだったからだ。

 そうこうしている内に、少しずつ子供が増えていた。ゴミを集めて草を刈り、お社を綺麗にする。いつのまにか率先して手伝うガキ大将1号とその子分1号に簡単な手品を教えてやり、一緒に練習したりもした。

 そしてやって来たミニショーの日。子供の連中ばかりで金は巻き上げられないが、観客はすっかり揃っていた。

「よーしガキ共!今日で最終日だ!内緒にしていた芸も見せるぞ!存分に楽しんでいけー!」

「偉そうに」

「偉そうだな」

「偉そう」

 口々に馬鹿にしてくるが、目は輝いていた。夕方は子供達と、夜はキャベツと演技の練習をした成果を見せてやるのだ。あたかも私が腹話術で話していると見せかけるための練習だが。

 と言うわけで今日はキャベツには特等席に立ってもらっている。根っこを傷つけるなとうるさいキャベツを移動することに骨が折れたのは、子供達には内緒だ。

「窮屈である」

 植木鉢のキャベツは喋った。

「腹話術だ」

「声違うね」

「すげ」

 子供達が喜ぶのを見て、私はキャベツに話しかける。

「お前さんには丁度いい家じゃないか、キャベット太郎」

「なんだねその名前は」

「好きな菓子から選びました」

「もっと威厳のある名前にしてくれ!」

 喋るキャベツとコントを繰り広げながら、カードを使った手品から始まり、帽子から鳩とキャベツが出てくる芸を見せ、子供達は馬鹿な手品だと楽しそうに笑う。

 自分が憧れた手品師とは全然違うが、子供たちが笑顔になることを見て私は1人満足した。

 夕方5時が近づき、演目もあとひとつ。キャベツの葉っぱががあっという間にくっついてキャベツに戻る、という手品だ。

勿論そっくりな別のキャベツを使うのだが、空中でひとまとめになったように見せる演技が難しかった。こっそり練習はしていたが、上手くいくことを祈るばかりである。

「さあラストは逆クッキング!時間を戻す、すごいやつだ!」

「手品は時間が戻らないぞ!」

 ヤジを飛ばすガキ共に見てればわかるぞと笑って返し、小型包丁とまな板でキャベツをペラペラと剥がしていく。

 地味な絵面だが逆に馬鹿らしく見えたようで、ミスって破く度に子供達は下手くそと笑っていた。

「みてろよー、この葉っぱが空中であら不思議、元の丸いやつに大変身!」

「失敗するのを見てやるよ」

「どうやるのかな」

「タネを暴いてやろうぜ」

 一枚ずつにした塊にして手に持って、投げると見せかけてマルのキャベツを投げる。

 どこかで見た空中スプーン曲げの要素を盛り込んだアレだ。デカすぎてうまくいくかは分からない。

「みてろよみてろよー……、いちにの、さー」

「ココです、お巡りさん!」

 投げようとしたキャベツを止めて通りを見ると、結構な人数の大人達が立っていた。

「毎日毎日子供を集めて何か教え込んでいるんです、最近はすっかり言葉遣いも悪くなって」

 どうやらガキ共の親らしい。

「うちの子も、時間になっても帰ってこないし、聞いても答えない。こんなのありえなかったのに」

 おいおい親御さん、そりゃ反抗期ってやつだと思うんですけどなあ。そんな考えが顔に出ていたのか、指を突きつけられる。

「とにかく!教育に悪いのでやめてください。手品なんて無駄!うちの子は勉強が大事なんです」

 子供達は親に引っ張られ、悲しそうに目線を落とした。警察は一応許可は取ってますかね?不法にこういったことは困るんですけどとかなんとか言ってくる。取ったぞ許可。

 だがまあ信じて貰えるはずもなく、市役所に向かうことになってしまった。書類を常に持ってくればよかったと後悔していると、大きな声が響き渡った。

「お前達」

 紛れもない、キャベツの声だ。

「楽しかったか?」

 なんだこいつ、自然現象で脅かしたりしてくれる訳じゃないのかと少し呆れながらキャベツを見る。見えない奴の目線は子供達をはっきりと捉えているような気がした。

「楽しかったか?」

 もう一度問うた。

 ガキ大将1号が、小さく頷く。

 子分1号も泣きそうになりながら頷いていた。

「そうか。私も楽しかったぞ!手品師のこいつとお前達のおかげでこの境内はこんなにも綺麗になったし、揉め事とはいえ久々にこんなに人が集まって、笑って、私は生きて来て今日が一番!とーっても楽しかった!!」

 おいおい腹話術設定が崩れるだろうがと言いたくなったが、もうどうでも良い。やっちまえと心の中が叫んでいた。

「毎日来てくれてありがとう。とても良い思い出になった。またいつか、遊ぼう」

 おいおいどうしたキャベツ。お前何しおらしくなってるんだ。知らない間に塩でもかけて揉まれたのか?そんなことを考えていたら、警察官が言う。

「ええと、もう1人の人かな?スマホか何かで話しているみたいだけどね、遊ぶのはもう無理だと思うよ。明日からここでは工事が始まって、立ち入り禁止になるから」

 聞いてないぞそんな話。あれ、そういえばなんか看板が立っている気がする。

「腹話術もインチキかよ、つまんねえの」

 子供の1人が言った。あいつは今日初めて来たやつだった気がする。ガキ大将1号が連れて来てくれたのかもしれない。

「そうよ手品なんてインチキ商売よ。さっさと帰るわよ」

「そうだうちの子は受験もある」

「あなたがうちの子達をここに集めて家に帰らせなかったのね」

 ぽつりぽつりと帰り出す親達。子供もそれに続く。


 すっかり誰も居なくなった境内で、俺はキャベツの鉢植えを手に警察に連行されることになった。片付けは一瞬だった。荷車にステージとは名ばかりの板と机を乗せるだけ。小さな包丁は丁寧に入れ物に入れ、銃刀法違反で捕まらないように処理する。

 何だか虚しかった。最後までやりたかったのに。歩いている間、俺たちはちょっと楽しいことを企画して、みんなで準備して、頑張って笑って、大人だからいけないのか?子供同士なら良かったのか?なんだよ、なんだよと頭で考えていた。

 多分涙は出ていないと思う。


 警察に違法でないことを確かめさせて、俺は帰途についた。キャベツは何も言わない。少しくらい喋れってんだ。

「おいキャベツ」

「なんだ」

「なあ、俺がやったことは無駄だったのか」

「さあな。だが楽しかった」

「楽しかったか」

「楽しかった」


 星はいつもより輝いていて、月は今日も綺麗だった。

「有名になるよ、俺。で、誰よりも笑って貰える手品師になる」

「はは、ギャグセンスは少しあるみたいだからな。応援はしてやる」

「何だキャベツ、お前と2人でコントする、これが俺のスタイルだぞ」

「ダメだ。そのスタイルは平安スタイル並みに古い」

「何でだ」

「テレビに出てみろ。化け物だぞ」

「腹話術が通じないなら録音でも良い。手品芸人っていうジャンルだってある」

 目指した格好のいい奴じゃない。でも笑う子供達は凄く好きだと思ったからひらけた展望だ。

「あいつらにまた笑って貰えるようにする。どうだ、一緒にやろう」

「……それはいい提案ではあるがな、」

「何か問題でも?」

 キャベツは少し黙った。

「私は……社無しの根無草、いつ消えるか分からない存在になってしまったんだよ」

 キャベツはいつか消えるかもしれないから断る言葉ばかり口にしていたそうだ。そもそももう消えるのはわかっていて、最後だから何かしたい、これはその一心でなんとか作った体だったと言う。

「それにこのキャベツが枯れたら、次のキャベツを準備できない気がする。もうほとんど力が残っていない」

「なんでキャベツなんだよ、もっと他のものでもいいだろ」

「何れにせよなにも準備できないのは確かなのだ」

 空の星は綺麗だ。美しい。でも、1人で見上げるのは、もう虚しい。

「神棚くらい、作れる」

「君1人の力じゃ、話すこともできなくなるさ」

「いいや違うね。俺達は有名になるんだ。だからキャベツ。お前を忘れるやつなんか居ないぞ」

 キャベツは少しだけ顔を上げた……ような気がする。

「そんなの、できるだろうか」

「出来るよ。今日みたいに」

 月は綺麗だ。丸い。キャベツも丸い。大体同じに違いない。そんなことを思いながら空を見ていた。

 キャベツはしばらく何も言わなかった。きっと考えていたのだろうと今なら思う。

「……賭けてみても、いいか」

 探るような、でも覚悟を決めた声だった。

「勿論」

 街の明かりぼやりと滲む。誤魔化すように上を向くと、秋口の少し冷たい空気が頬に当たった。

「はー、しかしまさかお社跡地は新興宗教の新しい拠点になるって、本当に世代交代って感じですなー」

「くっ、白い鯉の民め」

「神民じゃなかったっけ」

「ふん、あんなもの名前も覚えてやる必要もない、私たちは最高のコンビとして名を馳せるのだ」

「大きく出ましたねえー」

「棒読みはやめろ。ああ、賭けた早々不安になって来たじゃないか!」


 夜は更けていく。お社は無くなるらしいし、金は入らないし、手品だって言ってるのにインチキ扱いされるし、キャベツはキャベツのままだし、警察や親には怒られるし、散々な日だった。

 ただ、今後迷った時思い出すーー今日はそういう日になるだろう。いいや確実になる。その確信だけはある。

 だって言っていたのだ。この1番最初のファンたるキャベツが、これからの相棒が。


 今日が一番楽しかった、と。

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手品師とキャベツ 円盤 @Saikun_9

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