第3話「まさかの初めましてのお相手。」
誰かの鼻歌が意識に染み入るように聞こえる。
その歌は懐かしいような、聞くと皆が勇者になって冒険に行きたくなるような歌。
なんだっけ。そう、「いのちだいじに」。ビア○カ……、アレ?
「ん……こ、こ……?」
目を開けると知らない薄暗い天井。頭を動かすととても滑らかなシーツの感触が頬にあたる。
このシーツ凄い高級品だ。うちも公爵家で良いもの使っているけど、それ以上。
ぼやけた意識でこのどこかのお部屋らしき場所を起き上がりながら見渡す。
夜? ぼんやりと薄闇に包まれているここはどこ?
シンプルな装飾がまったく無い壁紙に、これもシンプルなソファーとテーブル。
シンプルなんだけど、直線的なデザインで無駄なものが一切無い機能性に特化したデザイン。
今の世界では見かけない、機械で作ったような寸分の狂いも無い直線の完璧過ぎな無機質さだ。
置いてある家具のせいなのか、モデルルームみたいな人の生活による温もりが一切感じられないお部屋。
「おっ。起きたか? 来るの早すぎだぞー」
びっくりした。人がいたみたいだ。そうだよね、鼻歌が聞こえたなら誰かいるよね。
空気が動いた方へ顔を向け、息を呑んだ。
自分がいた。
正確には、腰まで伸びた透き通る白髪に白いまつげに彩られるピンクの瞳をした、恐ろしいくらい
年は10代後半から20代くらいなのかな。
でも、彼のもつ独特の雰囲気が見た目の年齢よりも落ち着いて見える。
大きな窓枠に腰を預けながら、窓越しの大きな満月を背負う彼は、眩い月明かりに照らされなんとも幻妖的だ。
あまりに非現実的な光景に僕は、その光景の美しさも手伝い見惚れたように何も考えられず固まった。
「どうした?あ、びっくりしたか?まあ目が覚めて、自分がいたら驚くよなー」
いしし、と白い整った歯をみせながら、イタズラが成功した子供のように笑う自分(仮)。
「だ、だれ?」
「ん?お前らの言うところの神様だなー」
あっけらかんと軽く答える自称神様。そういわれれば、そんな感じのオーラみたいのも感じる気が。
なんというのか、支配者特有の鷹揚な態度とか余裕みたいな。残念ながら、僕には無いものだよ。
だから、あの人は僕では無いと気付いちゃったよ。
少しずつ頭が回りだした僕は、あることに気付く。
「ねえ。なんで、えっと輪郭がぼやけているの? 本当はその姿じゃないよね?」
そう。なんか、目の前の自称神様の輪郭が2重に重なったようにぼやけて見えているの。
外側の輪郭だけがカメラのピントが合わないみたいな、気持ち悪い違和感。
「あははは! やーっぱり、ラズは良く見えるなー」
お腹を抱えて笑う自称神様はなぜかとっても嬉しそうに言う。
な、なんだか。この人? この神様……、とーっても変だ!
「そ、それに、僕なんかの姿なんてしているの?」
「んー? キレイだから」
自称神様は自分の髪を1房丁寧に摘み、明るく輝く月光に翳す。
月の光を受け、きらきら輝く白銀色へ変わる髪に、ほぅ、とうっとり小さく吐息を漏らすと恭しく唇をそっと寄せた。
「な、そう思うだろ? っラ、ラズ?! どうした?!」
嬉しかった。
誰も、言ってくれなかった。
お父様も、いつも優しくしてくれるお屋敷の皆も。
今はもういない優しかったお母様までも。
「気にするな」しか言ってくれなかった。
褒めてまでは言わない。でも、ありのままを認めて欲しかったんだ。
僕は、前世の記憶があるから、自分の生まれ持った色である白髪をキレイって思っていた。
でもね、優しさにくるまれた拒絶を穏やかにされていく生活のなかで、自分の価値観や白髪に対する誇らしい気持ちがじりじりすり減るようになっていたんだ。
自称神様はキレイって言ってくれた。
初めてこの白髪をありのまま、当たり前に認めてくれた。
大切そうに髪を扱う手つきや、愛しそうに唇を寄せる姿が、心からそう思っている嘘じゃないって物語る。
少し気持ち入り過ぎなんじゃないかな、とは思うけど。
ぼろぼろ涙が溢れて止まらない。感情がこみ上げすぎて、しゃくりあげるように泣く。
「な、な、ちょっと、キモかったか? おじさんは怪しくはない! ちゃんと性癖は」
だんだんと近づく足音と共に焦った声がぼやけた視界に届く。
「うれしかったの! ひっく、だれも言ってくれなかった!!」
自称神様が悪い訳でもないけど、つい責めるような口調になっちゃった。
「あー」という納得したような声が聞こえた瞬間。
ぎゅうっと抱きしめられていた。なだめるように頭まで撫でおろされる。
「ごめんな。俺はこの髪きれいだと思う。だから、自信もて。神様が言うんだから間違いないぞ」
神様の腕の中はとっても冷たい。氷の柱に体をくっつけているくらい、体の芯から凍える冷たい腕なのに。
冷たくて息も詰まる抱擁が、誰かに抱きしめられることが。
こんなに心温かく、芯からじんわり包み込んでくれるなんて知らなかった。
「う〜、じゃあ、神様ならあの変なやつのお題を簡単なのにしてよ〜! 僕本当にあの子に嫌われているから大変なのっ!」
「っぅう。わかった。善処する……」
「絶対しないやつだ〜」
「す、するから! な? ラズ、泣き止もうな?」
なんだか泣きすぎて、涙腺も頭もゆるくなった僕は今日のアレの改善を求めた。
この冷たいけど優しい腕の主は聞いてくれる気がしたんだ。なぜだか。
たぶん、僕の白髪を認めてくれた唯一の存在だからかも知れない。
案外、僕ってちょろいのかも。
僕が泣いていると困るのか、焦ったような神様がおかしくて。
不器用に慣れてないぎこちない手つきで、頭を撫でるのもさ。
なんだかその優しさにさっき温められた心が今度はくすぐったい。
「へへっ、神様。ありがとう」
「あ゙ー、ここでラズはお礼言っちゃうのかぁ。可愛さでおじさん浄化されそう……」
脱力して肩に頭を埋めた神様が呻いている。どうしたんだろう。
ふふっ、いい匂いのする白髪が顔に当たってくすぐったいな。
だんだんとこの冷たい体に触れているのも慣れてきた。
だから、ぎゅうっと僕からも腕を大きな背中に回してみたけど、手が足りない。
神様の脇腹をペタペタ触っているだけだぁ。ぷるぷる震えるほど手を伸ばしたのに。
く、くやしい。いつか、ここまで大きくなるもん。
「ラズの可愛さヤバないか? くぅっ!我慢だ。オレ!」
「神様?」
ずっと苦しそうなお声でボソボソ話している神様。どうしたんだろう。
「あ、あぁ。早く帰らないと大変なことになるからな。ラズ……」
大変なことになる? どうしたんだろう……と考えていたら、突然頭の中がくらりとめまいのような感覚に襲われる。
「もう、あんまりここには来るな。……頑張れよ」
荘厳な低い声を最後に、意識が漆黒の闇夜に包まれたように途絶えた。
静かに慈しむような響きを含んだ声。
溢れんばかりの優しい声の響きに、やっと赦された気がした。
……ナニヲ?
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