第2話 「ゲームスタート?2」
王宮の手入れの行き届いた素晴らしい花々が咲き乱れる庭園の一角にある温室。
吹き抜けの高い天井から降り注ぐ陽射しはキラキラ輝き、僕の真正面に座る婚約者の黄金の髪色のようだ。
伏せた長い黄金色のまつ毛が揺れる度に、陽射しを反射し煌めく光を振りまく。
その姿は、絵本で見る王子様そのもの。と云うか、本当に王子様だけれどね。
お互い生まれる前から決められた、僕の婚約者。『レオン・リューグナー第二王子殿下』。
お父様と陛下に紹介され、二人切りでこの温室に押しやられてから、ずっと彼は無言。
静かにテーブルの下の足を組み換えたり、温室内の花々を愛でたり、視線すら交わらない。
もぐもぐと僕のお茶菓子を食べる音と温室の外から聞こえる小鳥のさえずりが2人の間に流れている。
王宮のお菓子ってどれも美味しい。気づいたら、手にあってお口に運んじゃうの。
こんなに美味しいお菓子を毎日食べてるから、婚約者のあの子は大きいのかな。
僕と同じ年のはずなのに、さっき見た時に僕よりも頭1個分くらいもう大きかったんだよね。
じゃあ多分僕がこんなにお菓子食べちゃうのは仕方がないね。栄養をほきゅうしているんだよ。
僕のお家のクレイドル家って、成長がゆっくりというのか不老といわれているんだ。
その証拠に陛下と同世代のお父様はどう見たって、20代、いや10代の青年に見えるし。陛下よりも通りすがりにお見かけした王太子殿下のほうが年が近くみえたんだ。
ということは、僕の成長は伸び代しかないってことなんだよ。
変なウインドウの出現や目の前の婚約者の態度にうんざりしていた僕。
気持ちを切り替え、目の前の美味しそうなお菓子をまた食べることにする。
ナッツが入ったクッキーにしようか、このマカロンみたいなチョコクリームを挟んだふわふわクッキーどちらにしようかな。
珍しいお菓子に目がくらんで、悩みながらテーブルの上に視線を滑らせていると。
あ、夏空。
静かに重なる目の前の蒼色。
夏の迫るように濃い蒼空を思わせる2つの瞳が真っ直ぐ僕に向いた。
その蒼色を不機嫌に尖らせながら、やっと口が開いた。
「おい。色無し。」
「ラズ・クレイドルと申します。以後お見知りおきください。レオン・リューグナー殿下。」
「くっ。お前はこの婚約に乗り気なの⸺」
ピコンッ!
青白いウインドウが主張するようにまた通知音をさせた。
因みにこのウインドウは僕にしか見えないし、音も聞こえないみたい。
ウインドウの文字は相変わらず。
『Lv1step1 「この手を離さないで」と手を握りながら、婚約者に言ってみよう!』
日本の義務教育の成果である『見直し』を何回もしたけどね。
ピコン! ピコン! ピーコン!
突然けたたましく鳴り出す通知音。同時にウインドウがピカピカ点滅しだす。
「…………っっっ!?」
耳鳴りがキィーンと頭全体に響きだし、尖ったナニカで抉られたような頭痛が襲いかかる。
どことなく視界がくらみだす。
な、なに?!
僕は病気には罹らない体質なのに!!
転生後初めて体験する鋭い頭痛や耳鳴りにパニックになった僕は、頭を抱えようと手を動かす。
くらんだ視界で手元が狂い、手がカップに当たり盛大に床に落としてしまう。
ガシャーンと大きな音がし、破片を拾おうと手を伸ばすが、視界が回りだし平衡感覚がおぼつかない僕は、そのままイスから転げ落ちた。
ドシンと大きな音を立てながら、衝撃に身体が襲われる。
その間にも頭痛と耳鳴りは激しさを増し、胸が苦しくなり、上手く息が吸えなくなる。
息苦しさと不安でじわりと生理的に涙が滲んできた。
視界を埋めるウインドウが四隅からじわじわと血のような真っ赤に染まり始めている。
「お、おい?!」
けたたましく鳴り続ける通知音の合間に、焦ったような声。
婚約者の彼が駆け寄り僕を助け起こそうと、泣きそうな顔で遠慮がちにおずおずと手を伸ばす。
伸ばされた手を見ながら、僕は自分の身に突然起きたこの異常事態を理解した。
急速に身体から力が抜けていく感覚に抗いながら、縋るように僕よりも大きな手を取りきゅっと握り返す。
そして、あのセリフを息を乱しながら必死に紡いだ。
「はぁ、はぁ、でき、るだけ、この……手を離さないで……」
「は、はぁ?!」
驚きの声を上げ、目を見開きながら頬をぼっと赤く染める目の前の彼。
ごめんね。いきなりそんなこと言われても困るよね。
でも、僕にはどうしようもできないんだ。僕も訳がわからないんだよ。
君も好き好んで『色無し』の婚約者になりたくなかったはずなのに。
しかも、こんなゲームみたいなことに付き合わせてさ。
もう視界のウインドウの色の侵食も収まり、けたたましい通知音もしない。
頭の痛みや耳鳴り、呼吸の苦しさも嘘のように消失する。
でも、目の前の何も知らない彼に無闇に心配をかけたこと、これからもこうして巻き込んでしまうことが僕の胸を締め付ける。
罪悪感で締め付けた胸の痛みにポロポロと涙が止まらなくなる。
僕が頼んだために未だに繋いでくれている手の温もりと力強さに、申し訳無さがさらに募る。
あぁ、ぼやけた視界の彼の手に赤い血がついている。どうやら、僕の落としたカップで彼が怪我をしたみたい。
僕はせめてもの償いに手のひらに聖力を集中させ、怪我している場所にかかる黒いもやに向かって白銀の光を流す。
「うぅ。ごめん……ね。お茶会だめにしちゃったし、……巻き込んで……」
「な?!なんで今?!!、せ、聖力が使えるのか?!」
「ごめ……んね。ありが……とう」
なんでかさらに驚いている彼の手の血が止まり、怪我を覆う黒いもやも消失する。
ああ、良かったと安心し、巻き込んでしまった彼に謝罪とお礼を伝えた途端。
僕の意識はプツリと途切れた。
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