後日談 ~『バレンタインデー』~


 エリスが聖女と同じ回復魔術を扱えると国王に知られたことで、その噂は王国中に広がった。


 最初は大貴族たちに、次に耳の早い商人たちが聞きつけ、最終的には教会も知ることとなった。


 だが聖女の力を喉から手が出るほどに欲しても、エリスとの婚姻を画策する者はいなかった。


 その理由はアルフレッドとの婚姻が正式に結ばれていたためである。さらにエリスたちは互いを愛し合っており、離縁させるための付け入る隙もない。王国中からお似合いのカップルとして祝福された。


 その中でも教会は、聖女の再誕と婚姻を大きく祝福した。お祝いムードに染まり、エリスの肖像を描いたポスターが王国の至る所に張り出された。


 さらにエリスの存在を祝福しようと、記念の祝日まで制定されることになった。選ばれたのは彼女の誕生日だ。これは先代から続く伝統で、先代の誕生日も祝日に指定されている。


 先代聖女は二月十四日。エリスは三月十四日と、奇遇にも前世のバレンタインデーとホワイトデーがそれぞれの誕生日だった。


 そして迎えた先代聖女の誕生日、街では生誕際が催され、カップルや家族で賑わっていた。


 これは先代聖女が大切な人に贈り物をプレゼントする習慣を広めたことも大きく関わっている。現代からの転生者である彼女は、祝日を単なる休暇ではなく、恋人や家族を持つ者にとって大切な一日に変えたのだ。


 屋敷の使用人たちも一斉に休暇を取得し、プライベートの時間を楽しんでいる。シャーロットも外出中のため、屋敷に残されたのはエリスとアルフレッドだけ。閑散とした屋敷で彼女は厨房を前にしていた。


(みなさんがお休みなので、アルフレッド様に知られずにチョコレートを作れるのは助かりますね)


 屋敷にある厨房は二つ。普段は両方埋まっており、エリスたちの食事や使用人たちの賄いが作られている。


 その内の一つ、アルフレッドの私室から遠い厨房をチョイスしたのは、サプライズでチョコを贈るためだ。


 材料も使用人に用意をお願いすると、お金の流れで露呈する可能性があるため、すべて独力で買い付けたものばかりだった。


(アルフレッド様に喜んでもらうためにも頑張るとしましょう)


 生クリームと蜂蜜を鍋の中で混ぜ、沸騰したら細かく刻んだチョコを投入する。混ぜ合わせたら、型に流し込んで、氷の上で冷やし、ココアパウダーを振りかける。


 完成したチョコレートは丸形のトリュフチョコだ。試しに味見してみると、濃厚なカカオの香りと蜂蜜の甘味が舌の上で広がった。


(この味ならアルフレッド様も喜んでくれそうですね)


 満足のいく出来栄えに笑みが溢れる。彼に早く渡したくてウズウズしていると、シロが彼女の元へと駆け寄ってきた。


「にゃ~」

「甘い匂いに惹きつけられたのですか?」

「にゃぁ」

「ふふ、当たりですね。でも猫にチョコレートは危険だから、あげられないんです」


 カカオに含まれる成分が猫にとって中毒成分となる。動悸や不整脈にも繋がるため、シロにチョコを与えられないと伝えるが、エリスの言葉が上手く伝わらなかったのか、調理台のトリュフチョコを勝手に咥えてしまう。


「あ!」


 嬉しそうにチョコを味わい、尻尾を振る。健康的な問題が発生しているようには見えなかった。


(念のため、回復魔術で治療しておきましょう)


 癒やしの輝きをシロに浴びせる。だが治した感覚を得られなかった。


(魔物だからチョコレートを食べても平気なのかもしれませんね)


 猫の常識の枠に収まらないシロに改めて驚かされる。余分に作っておいた味見用のトリュフチョコをすべて平らげるまでに時間はかからなかった。


(満腹になったようですね)


 シロは部屋の隅に置かれていた座椅子の上で丸まって眠る。窓から差し込む光で、日向ぼっこを楽しむつもりなのだろう。


(今の隙にアルフレッド様にプレゼントしてきましょう)


 トリュフチョコをラッピングすると、厨房を後にする。目指すは彼の私室だ。


(この時間ならきっとお休み中のはずですよね)


 部屋の前に辿り着くと、扉をノックする。だが返事はない。寝ているかもしれないと落胆で肩を下ろしていると、人影が近づいてきた。


「エリス、どうしてここに?」

「アルフレッド様……その手のチョコは……」

「エリスの方こそ」


 前世の日本と違い、この世界では大切な人同士、男女の隔たりなく贈り物を渡す文化がある。


 アルフレッドもまたエリスのためにチョコを作ってくれていたのだ。同じことを考えていたことがなんだかおかしくて笑みが溢れた。


「私たち似たもの夫婦ですね」

「だな」


 互いのチョコレートを交換する。アルフレッドが作ってくれたのはホワイトチョコだ。口の中に広がる優しい甘さを堪能しながら、エリスは幸せを実感するのだった。


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