第四章 ~『真犯人の正体』~


「馬鹿な……」


 呪いを克服したアルフレッドに対し、ルインは戸惑っていた。彼が命を落とすことで、初めて王族との婚姻は成立する。その狙いが崩れたからだ。


「ルイン伯爵……エリスの回復魔術は呪いを解呪できるようになった。黒魔術を使っていたケビンも断罪された今、もう私とエリスの婚姻を阻むものはなにもない」


 王族との婚姻を諦めてくれと、暗に伝える。だが彼は頭を抱えるばかりで、現実を受け入れようとしない。


「ありえない……私の完璧な計画が……」

「お父様……」


 エリスは眉尻を下ろして悲しげな表情を浮かべる。だがすぐに心の手綱を締め、強い意思を瞳に宿すと、ルインをビシッと指差した。


「心を鬼にして伝えますね。この事件の真犯人は……お父様、あなたですね」


 エリスは真相を見抜いていた。いや、以前から父を疑ってはいたのだ。だが犯人であると認めたくなかったため、無意識化で現実を直視しないようにしてきたのだ。


「ルイン伯爵が真犯人とは本当なのか?」

「間違いありません……最初に疑った理由は、お父様が土と錬金の二種類の魔術を使える特異体質だからです。それらの魔術が他者から模倣したものだとしたら、特異体質にも説明がつきますから」


 ルインの手には魔力から生み出した鉄を加工した剣が握られている。彼が二種類の魔術を使えることは疑いようがないし、周知の事実だ。


「だが聖女のように本当の特異体質の可能性もある」

「だからこそ私は、お父様を完全には疑いきれなかった。ですが、ケビン様が重症を負ったことで、疑念は確信に変わりました」

「なるほど。魔術は感情の昂ぶりのように精神状態に応じて効力が変化する。死の淵に立っている状況では、黒魔術を維持できるはずもないからか……」


 予防薬を上回る呪いを放つには至近距離まで近づく必要があるため、容疑者はルインとケビンの二人に絞られている。ケビンが容疑から外れれば、消去法からルインの疑いが増す。模倣の魔術の使い手だと確信を得るには十分すぎるほどの根拠だった。


「ケビン様を始末したのは失敗でしたね」

「ふん、あの男を生かしておいては、呪いの真犯人がいずれ私だと露呈していた。それにだ、娘に暴力を振るった悪漢を生かしておくほど私は優しくないからな」


 ルインは剣を上段に構える。その剣先はアルフレッドを向いていた。


「エリスよ。王妃となり、王国一の幸せ者となるのだ。そのためなら、この手を血で汚すことに躊躇いはない」

「お父様、馬鹿な真似は止めてください!」

「魔術の制約でな。どうせ先の短い人生だ。アルフレッド公爵を始末した後、投獄されても悔いはない」


 亡き妻との約束を果たすため、ルインはすべてを捨てる覚悟を決める。そんな彼からアルフレッドを庇うように、エリスは一歩足を踏み出す。


「どけ!」

「嫌です! アルフレッド様は私が守るんです!」

「ぐっ……」


 庇われてばかりはいられないと、アルフレッドも足を踏み出して、エリスの隣に立つ。拳を胸の前で構え、ルインを見据えた。


「武芸の腕には自信がある。エリスを守り抜く力はあると自負しているつもりだ」


 肩を並べて立ち向かってくるエリスとアルフレッドに、ルインは困惑する。互いが自らを危険に晒してでも守りたいと感じるほどに大切に思っているのだと、彼にも伝わったのだ。


「貴族の婚姻は金や権力の繋がりがすべてだと思っていたが……エリス、聞かせてくれ。アルフレッド公爵と結婚すれば幸せになれると思うか?」

「はい、私はアルフレッド様を愛していますから。想い人と結ばれた私はきっと王国一の幸せ者です」

「そうか……どうやらエリスは私に似たようだな……」


 呪いに侵されても、パートナーに尽くし続けたルインは、エリスの中に過去の自分を見た。錬金魔術で生み出した剣を、足元へと投げ捨てる。


「降参だ。私はもうエリスの結婚を邪魔しない」

「お父様……」

「幸せになるんだぞ」


 騒ぎを聞きつけたのか、使用人が憲兵を引き連れて応接室に踏み込んでくる。ルインは大人しく投降し、清々しい表情で去っていく。その顔は娘が幸せになれると確信した父親のものだった。

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