第四章 ~『ケビンの悪意』~
再会したルインはエリスの顔を見て、目を皿のようにして驚く。
「しばらく会わない間に随分と見違えたな。瞳に精神的な強さが宿っている」
「……オルレアン公爵家の皆さんが優しくしてくれたおかげです」
「いいや、エリスが成長できたのは私が厳しく育ててきたおかげだ」
「お父様は変わりませんね……」
「まぁな。昔から誰よりも娘の幸せを願う父親のままだからな」
照れることなく断じるルインに、エリスは苦笑する。彼は昔から理解できない独自の価値観に基づいて行動する。その言動が変わっていなかったからだ。
(私の婚約破棄を認めた時もそうでしたね)
領地のためにエリスを切り捨てたかと思いきや、嫁ぐ際には餞別を与えてくれたように娘を想う優しさが時折垣間見えるのだ。だからこそ理不尽な仕打ちを受けながらも、心の底から父を恨みきれずにいた。
「アルフレッド公爵とお会いするのは二度目ですな」
互いの関係は義理の父と息子だが、立場が公爵と伯爵のため敬うような言動となる。貴族社会においては親子関係よりも爵位の方がより重い上下関係となるからである。
「王都の会合の時以来か」
「あの頃とは見違えましたな」
「エリスの回復魔術のおかげだ」
ケビンが知っている以上、エリスが魔力に目覚めたことを隠す必要もない。事実、ルインは既に知っていたのか、表情に変化がなかった。
「ケビンから話は聞いております。エリスが回復魔術に目覚めたことや、ミリアを救ってくれたアルフレッド公爵の厚意についても。改めて感謝を」
ルインはあっさり頭を下げる。ミリアのためなら、とことん甘いのは相変わらずだった。
「礼はいらない。あなたはエリスの父親であり、私の義父となる人でもあるからな」
「……残念ですが私と親睦を深める必要性はありません。なにせ両家の縁は切れることになるのですから」
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味です。婚約を破棄し、エリスを我が家に返してもらいましょうか」
「――――ッ」
目上である公爵との契約を一方的に破棄できるはずがない。それはルインも分かっているはずだ。だからこそ、知っていながら提案してきたことに驚きを隠しきれなかった。
「エリスとは婚約状態のはず。アルフレッド公爵が同意さえしてくれれば、婚約破棄は実現できます」
「私が同意するとでも?」
「させるための策を準備しておりますから」
ケビンも計画があると語っていた。彼の発言を後押しするようなルインの言葉に、ケビンは前のめりになって反応する。
「そうだよ、エリス! 君はアルフレッド公爵との婚約を破棄して、僕と結婚するんだ。愛し合う二人、互いに支え合いながらロックバーン伯爵領を統治していこうね」
エリスとの夢の結婚生活を頭の中で想い描いたのか、ケビンの興奮はさらに高まる。目を血走らせながら、呼吸を荒くするが、そんな彼を大人しくさせたのは、アルフレッドでもエリスでもなく、計画の協力者であるはずのルインだった。
「エリスは王子と結婚させる」
「え……」
「既に国王にはエリスが聖女と同じ力を扱えると伝えている。アルフレッド公爵ともまだ婚約状態、破棄も可能だと説得すると、なんと第一王子が立候補してくれたのだ。公爵家に嫁ぐよりも大きな富と権力が手に入る。それに何より生まれた子供は次期国王だ。誰よりも幸せな将来が手に入る」
やったなと、ルインは嬉しそうに笑う。そこに悪意はない。ルインはどこまでも一貫していた。金や富を持つ者に嫁ぐことこそ最高の幸せだと考える彼にとって、王妃となれるチャンスは娘への最高の贈り物だった。
だがエリスの考えは違う。首を横に振って、その提案を否定する。
「嫌です、私は王妃になんてなりたくありません!」
「馬鹿な……これ以上の幸せは他にないんだぞ」
「私は好きな人と一緒にいられれば、それだけで幸せなのです」
きっぱりと断ったエリスの返答に、アルフレッドは微笑む。彼も覚悟を決める。
「聞いての通りだ。私もエリスとの婚約を破棄しない」
「……王族の縁談を邪魔すると?」
「たとえどんな相手が敵になろうとも、私はエリスと添い遂げる」
シャーロットの根回しや、公爵としての権力もある。相手が王族でも退くつもりはない。
それにエリスも守られてばかりの女性ではない。アルフレッドの手を握ると、彼の目を見据える。
「私もアルフレッド様と一緒にいたいです。だから……関係を先に進めませんか?」
「……私は明日死ぬかもしれない男だぞ。それでもいいのか?」
「死なせませんよ。だって私が傍にいるのですから」
エリスたちは婚約状態だ。アルフレッドが呪いに侵されているため、婚姻を結ぶには至っていなかったが、状況は変化した。
結婚さえしていれば、王族が相手でも手は出せなくなる。ケビンやルインがどんな策略を企てても、仲を切り裂かれなくなるのだ。
アルフレッドもエリスの瞳を正面から見据える。彼女の手を握り返し、覚悟を言葉にして伝える。
「エリス、私と結婚してくれ」
「はい、喜んで♪」
見つめ合った二人は結婚に合意する。その決定に噛み付いたのは怒りで眉を吊り上げたケビンだ。
「エリスは僕のものだ。アルフレッド公爵にも、王族にも渡さない! 邪魔するなら相手が誰であろうと排除してやる!」
ケビンが殺気を放つ。もしかしたら土魔術で襲ってくるかもしれないと警戒を強めていると、突然、アルフレッドが胸を押さえて苦しみ始めた。
「うぐっ……っ……」
アルフレッドがその場で崩れ落ちる。急な様態の変化には見覚えがあった。
「まさか……呪いが……」
予防していたはずの呪いがアルフレッドを襲ったのだ。エリスは倒れたアルフレッドに回復魔術をかけるが、呪いの力が強く、完全には抑えきれなかった。
(触れられるような距離だと呪いは予防薬の効果を上回るという話でしたが、まさかケビン様が……)
黒魔術を模倣し、アルフレッドを苦しめてきた魔術師だったのかと、疑いの目を向けると、彼は嬉しそうに哄笑する。
「ははは、僕とエリスの恋路を邪魔するから天罰が下ったんだ。ざまぁみろ」
「……ケビン様が呪いを?」
「これこそが僕の計画さ。婚姻も、アルフレッド公爵が命を落とせば関係ない。君は自由になるんだ。僕たちの将来は明るく輝いているよ」
ミリアへの情状酌量に対する感謝も、すべては呪いが有効な距離までアルフレッドに近づくための計画だったと彼は続ける。
「私はあなたを許しません!」
「アルフレッド公爵が倒れた今、非力な君になにかできるとでも?」
「――――ッ」
回復魔術では攻撃できない。だが強力な魔術を行使できる人物はアルフレッドやエリス以外にもいた。
「私を忘れてもらっては困るな」
ルインは土魔術で魔力から鉄を生み出し、錬金魔術で剣に加工する。そしてケビンを袈裟斬りにした。血飛沫が舞い、彼はその場に崩れ落ちる。苦痛で意識を朦朧とさせながら、彼はルインを見上げる。
「なぜ……どうして……あなたが……」
「ケビン、貴様はミリアと離婚したそうだな。つまり我がロックバーン伯爵家とは無関係の人間となったわけだ。そのような男が公爵に仇なしたのだ。同じ貴族として処罰するのは当然だろう」
「わ、私は……っ……」
「意識を失ったか。運の良い男だ。殴られたミリアの痛みをもっと味あわせてやろうと思ったのだがな」
ケビンには誤算があった。彼の予想以上にルインは娘を溺愛しており、エリスが魔力に目覚めたと証言させるためとはいえ、暴力を振るったことを許してはいなかったのだ。
「エリス、良かったな。これで悪党は去り、我らに都合の良い結果が残った」
「お父様……」
「すべてが丸く収まるぞ。アルフレッド公爵は呪った犯人と共に命を落とし、エリスは晴れて王族と結ばれるのだ」
「私はそんな将来を望みません!」
「なんだとっ」
「私はアルフレッド様と幸せになるんですから」
エリスはアルフレッドの治療を続けていた。絶対に救ってみせるという意思を魔力に乗せ、癒やしの輝きを放ち続ける。
(アルフレッド様は私を救ってくれました)
欠陥品だと馬鹿にされてきたエリスは、オルレアン公爵家に嫁ぎ、アルフレッドから愛されたことで心が救われたのだ。
(今度は私の番です!)
魔力は感情の浮き沈みで効力が変化する。二度と魔術が使えなくてもいい。それほどの想いを込めた回復魔術が呪いに負けるはずがなかった。
アルフレッドの顔色が次第に良くなっていく。エリスの回復魔術が呪いに打ち勝った証拠だ。
「……ぅ……わ、私は生きているのか?」
「当然です。私が死なせないと約束しましたから」
「ふふ、そうだったな……」
苦痛から開放されたアルフレッドは立ち上がると、心臓に手を触れる。口元には笑みが浮かんだ。
「治っている……私の呪いが完全に消え去っている!」
「本当ですか!」
「嘘など吐くものか。すべて君のおかげだ。エリスが私を救ってくれたのだ……これで、結婚を躊躇う理由も消えたな」
「ふふ、ですね♪」
エリスたちは抱きしめあい、呪いの完治を喜び合う。念願をとうとう果たした二人の目尻には歓喜の涙さえ浮かぶのだった。
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