第四章 ~『ケビンの自分勝手な主張』~
事前に訪問連絡のあった日が訪れる。エリスたちが客室を訪れると、事前に案内されていたケビンが待っていた。
前回のような神父を強調するキャソックではない。グレーのウエストコートを身につけ、貴族らしい格好をしていた。これはロックバーン伯爵家の人間としての訪問だと主張するためだろう。
「ケビン様だけなのですか?」
真っ先に浮かんだ疑問はルインの不在だ。問いかけると、ケビンは首を横に振る。
「途中で寄るところがあるそうでね。遅れて来るそうだ」
「そうですか……」
「心配しなくても必ず来るさ。君に会いたがっていたからね」
「あのお父様が私にですか……」
再会を切望されている嬉しさより不気味さが勝る。不信感が表情に滲んでいたからか、ケビンは視線をアルフレッドに移す。
「まずはミリアについて謝らせて欲しい」
ケビンは頭を下げる。プライドの高い彼が素直に謝罪したことに驚きを隠せなかった。
「僕の謝罪が意外でしたか?」
「あまり人に頭を下げるタイプではないと思っていたからな」
「僕も謝るべき時には謝るさ。ミリアがやったことは重罪ですからね。未遂とはいえ、ミリアが公爵を殺したとなれば、僕のキャリアの汚点になっていましたから」
(どこまでも自分本位なのですね……)
ケビンから発せられた言葉は、ミリアが小悪党だと感じられるほどに醜悪だった。彼は徹頭徹尾、自己利益しか頭になかった。
「ただミリアの行動で唯一、褒めてもいい部分がある……エリスが回復魔術を使う瞬間をしっかりと現認したこと。これだけは称賛に値するよ」
回復魔術を使えることはミリアとの秘密のはずだ。裏切られたというショックを感じながらも、エリスの頭に一つの可能性が過った。
(もしかしてブラフでしょうか……)
ここで認めれば、墓穴を掘るかもしれない。警戒心が働いたおかげで冷静さを保てた。
「本当にミリアが認めたのですか?」
「認めたよ。証拠もある」
ケビンは懐から水晶を取り出す。それは魔力を流すことで音声を録音、再生できる道具だった。
「いくよ。これがミリアの証言だ」
水晶から聞き馴染んだ声が聞こえてくる。その声音は間違いなくミリアのものだ。
『私は……ぐすっ……お姉様が……っ……回復魔術を使う瞬間を目撃しましたわ』
その声は正常な状態のものではなかった。涙に滲んだ声に悪寒が走る。
「ミリアはね、最後まで君との約束を守ろうとしたよ。でもね、口を割らせる方法はたくさんあるんだ」
「まさか、暴力を振るったのですか?」
「夫婦での面会なら監視を外すこともできるからね。二人っきりになるのも容易かったよ……でも、あんなに頑張るとは思わなかったな。見直したよ」
「あなたは最低ですね!」
こんな男と幼馴染や婚約者をしていた過去の自分を恥ずかしいと感じるほどの悪辣さだ。他人をこれほど軽蔑したのは生まれて初めてだった。
「君は誤解しているよ。僕は優しい男さ。ただ嫌いな女を傷つけても、心が傷まないだけさ」
「あなたはミリアの夫ではありませんか……」
「以前はね。きちんと離縁を済ませたから、今の僕と彼女は赤の他人さ」
「――――ッ」
ケビンはミリアと結婚することで、次期領主の地位を手に入れたのだ。だが離婚しては、その立場を失うことになる。
約束された将来を捨てた彼の行動が理解できなかった。
「不思議だろう。でも、君が魔力に目覚めた以上、ミリアは用済みなのさ。なにせ君を僕のものにすればいいだけだからね」
婿養子として迎えられるなら、エリスを妻としても支障はない。一方的な理屈を前にうんざりとしていると、エリスを庇うように、アルフレッドが矢面に立つ。二人は視線を交わらせて、火花を散らす。
「聞き捨てならないな……エリスは私の婚約者だ。他の誰にも渡すつもりはない」
「アルフレッド公爵が否定することは想定内ですから。結果的にエリスは僕と縁談を結ぶことになる」
「公爵である私と結んだ縁談をなくしてか?」
「ええ、なにせ僕には計画がありますからね」
ケビンは喉を鳴らして笑う。計画とはどのようなものなのか。問うよりも先に、応接室に新たな来客がやってくる。
「待たせたな……そして、会いたかったぞ、エリスよ」
「お父様……」
ルイン伯爵の登場に緊張が走る。だがエリスは彼から目を逸らさない。立ち向かうように、闘志を込めた視線をぶつけるのだった。
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