第四章 ~『騒動の後のリフレッシュ』~


 ミリアを見届けたエリスは、談話室のソファに腰掛ける。雲のような座り心地だが、彼女の疲れを取り切れるほどの癒やしは与えてくれなかった。


(色々と大変でしたね)


 妹から恨まれ、殺傷沙汰にまで発展した負荷が肉体に押し寄せていた。天井を照らすシャンデリアを見つめていると、膝の上にシロが飛び乗ってくる。


「にゃ~」

「シロ様……慰めてくれるのですね……」


 愛猫に心配をかけているようでは駄目だと心の手綱を締めようとした時、アルフレッドが談話室の扉を開く。その手にはグラスが握られていた。


「君のためにリフレッシュドリンクを作ったんだ」

「わぁ~ありがとうございます。この香りは生姜ですね」

「煮詰めた生姜にレモン汁やハチミツを混ぜ、炭酸水を加えている。私が疲れた時によく愛飲しているドリンクだ」

「ふふ、アルフレッド様は本当に優しいですね」


 処罰を下したアルフレッドも辛い思いをしていたはずだ。それなのに、エリスを慰めることを優先してくれた彼の配慮に感謝する。


 厚意のドリンクを受け取り、口をつける。蜂蜜の甘味と炭酸の刺激が舌の上で調和し、疲れが吹き飛んでいくようだった。


「とても美味しいですね」

「私の自信作だからな」


 リフレッシュできたおかげで今度は睡魔に襲われる。欠伸を漏らしていると、アルフレッドが隣に腰掛け、距離を詰める。


「よければ私の膝を枕として使うといい」

「アルフレッド様にそんなことをさせるわけには……」

「君の疲れを癒やす一助になりたいのだ。駄目か?」

「ふふ、ではお言葉に甘えますね」


 膝に頭を乗せると、視界に彼の整った顔が飛び込んでくる。頭を撫でられながら、彼の優しさに甘えていると、父のことを思い出した。


(私も幼い頃はお父様に可愛がられたことがありましたね)


 膝枕をしてもらったこともある。幼き日の輝かしい思い出も、父を憎みきれない理由の一つだった。


「ミリアが逮捕されたことを、お父様は知るのでしょうか?」

「家族には連絡がいくからな。面会も家族相手なら許されている」

「私が魔力に目覚めたことも知られてしまうのでしょうか……」

「いや、私は秘密を貫き通してくれると信じている。あの時の謝罪に込められた想いは本物だったからな」


 ミリアは心の底から謝罪していた。きっとケビンやルイン相手にも黙っていてくれるだろう。


「君もミリアの姉だ。面会は許されているが、会いにはいかないのか?」

「今はまだ反発されるだけでしょうから。でも必ず会いにいきます。それが数ヶ月後か、数年後かは分かりませんが必ずです」


 思い返せば、幼少の頃は仲の良い姉妹だったのだ。


 昔のような関係性に戻れる日がくることを願っていると、侍女が手紙を運んできた。封蝋からその手紙はロックバーン伯爵家が差出人だと分かる。


「君の家族からの手紙か……内容には予想がつくな」

「ミリアについてでしょうね」


 手紙の内容を確認してみると、予想は的中していた。ミリアとの間に起きた出来事を謝罪するために訪問したいと、ケビンとルインの両名の署名が記されていた。


「不気味ですね……ケビン様はともかく、お父様が謝罪のためだけに訪問するなんて……」


 領地運営で多忙の身だ。領主本人がわざわざ足を運んでまで謝罪したいとの申し出に違和感を覚えるが、アルフレッドは僅かに微笑んで、その疑問に答えを出す。


「ルイン伯爵も娘は大切ということだ」

「そうでしょうか……」

「間違いないさ」


 アルフレッドに共感し、エリスもまた父の訪問を認める。この判断が大きな転機になるとは、この時の二人には知る由もなかった。

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