第四章 ~『ミリアによる惨劇』~

 応接室に出向くと、ミリアはソファに腰掛けながら、紅茶を楽しんでいた。まるで招待されたかのように遠慮のない態度は、高慢な貴族の令嬢そのものだった。


「お久しぶりですわね、お姉様」

「…………」

「あらあら、無視するなんて酷いですわね」


 婚約者を奪った罪を忘れたかのような口振りに、エリスは不快で眉を顰める。


(謝罪があると期待した私が愚かでしたね……)


 酷いことをされたとはいえ、相手は妹だ。反省しているようなら、許してもよいとさえ考えていたが、見事に期待は裏切られてしまった。


「何のようで私に会いに来たのですか?」

「姉の顔を見に来るのに理由が必要でして?」

「私たちは普通の姉妹とは違います。あなたは私から婚約者を奪ったのですから」

「ふふ、そんなこともありましたね」


 ミリアは紅茶を啜りながら、笑みさえ零す。まるで過去の罪はもう時効だと主張しているかのようだった。


「私がお姉様に謝るべきことなんてありませんわ」

「どういう意味ですか?」

「そのままの意味ですわ。私はケビン様と結婚して失敗しましたの。馬鹿な女だと軽蔑され、愛を与えられない日々……あんな酷い男との結婚を回避できたのですから、お姉様には感謝して欲しいくらいですわ」


 まるで商品を奪った盗人が、粗悪品だったのだから感謝しろと口にしているかのようだ。


 盗人猛々しい態度にエリスの怒りは収まらないが、ミリアは縋るような目を向ける。


「お姉様と仲直りしたいんですの……」

「ミリア……」

「その証として私がアルフレッド様と結婚しますわ」

「え……」


 突拍子もない宣言に戸惑っていると、ミリアはアルフレッドの傍まで駆け寄る。


「醜男だと聞いていましたが、素敵な殿方ではありませんか。私の隣に立つに相応しい人ですわ」

「君は何を言っているんだ……」


 戸惑っているのはアルフレッドも同じだった。困惑をそのまま口にすると、ミリアは妖艶な笑みを浮かべて、距離をさらに縮める。


「お姉様より私のほうが、あなたの妻に相応しいという話ですわ」

「私はそうは思わない。君よりエリスの方が遥かに魅力的だ」

「それは私のことを良く知らないからですわ。これから親密な仲になれば、きっと――」

「あり得ないな。私はエリス一筋だ」


 アルフレッドの突き放す態度に、ミリアはムッとして頬を膨らませる。彼から攻略は難しいと判断したのか、次はエリスを標的に見定める。


「お姉様もケビン様と結婚したいですわよね?」

「いいえ、私にはアルフレッド様がいますから」

「だからアルフレッド様は私のものになりましたの!」

「それはあなたが勝手にそう主張しているだけです」

「――っ……欠陥品のクセに……私を馬鹿にして!」

「ミリア……」

「みんなが私を嫌うんですの! 私の方がお姉様より優れているのに!」


 ミリアは冷静さを失っていた。テーブルの上に置かれたカップを手に取ると、錬金魔術でナイフへと変形させる。


「お姉様さえ、この世にいなければ!」


 ミリアはカップから加工したナイフを振るう。心臓を止めるため、全体重を乗せた一撃を放った。


 しかしその刃がエリスに届くことはなかった。アルフレッドの手がナイフを受け止めたのだ。


 刺さったナイフから血が滴り落ちる。絨毯と彼の白い手は赤く染まっていた。


「私、そんなつもりじゃ……」


 ミリアはナイフから手を離すと、ショックで崩れ落ちる。公爵を刺したのだ、その未来がどうなるかを想像してしまったのだ。


「アルフレッド様!」

「エリス……駄目だ……」


 アルフレッドは制止するも、エリスは冷静さを失っていた。大切な彼を救うために、回復魔術を発動させる。傷口が塞がり、血も止まる。


 だが傷は癒えても失ったものがあった。それはエリスが回復魔術を扱えるという秘密である。


「お姉様が魔術を……噂は本当でしたのね……」


 秘密を知られてしまったがエリスに後悔はなかった。


(アルフレッド様の怪我を治さずに放っておくことは私にはできませんから!)


 ミリアはエリスの秘密を語るだろう。だが大きな悲観はない。


「私のためにありがとう……教会からは私が守り抜いてみせるから……」

「二人でですよ。一緒に困難を乗り越えましょう」


 エリスはアルフレッドの手を取る。彼とならどんな強敵にも負けないと、自信を滲ませるのだった。

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