第四章 ~『広がる聖女の噂』~



 オルレアン公爵家の屋敷には穏やかな日常が流れていた。庭を眺めながら、日課の回復魔術の治療を進める。


 腕と足からは完全に呪いが消え、残るは心臓と目の周囲のみだ。予防薬のおかげで悪化することもない。完治に至るまでのビジョンが鮮明になりつつあった。


「呪いを刻まれた心臓が最後まで残るのは分かるのですが、どうして目の周囲の呪いは消えないのでしょうね」

「視覚から得る情報量は多い。故に自然と意識が集中するからだろうな。全身の中でも心臓に次いで、瞳には魔力が集まりやすく、呪いも多く流れ込んだのだ」


 呪いは心臓を起点にして体の隅々に広がっていくが、その際、魔力の流れに沿う形となる。エリスは魔術師として成長したおかげで、この理屈を肌で実感できるようになっていた。


 伝説の聖女のような偉大な魔術師へと至る日がくるかもしれない。アルフレッドもまた、そんなエリスの成長を側で感じる一人だった。


「エリスは本当に成長したな」

「私なんてまだまだですよ」

「謙遜しなくてもいい。君の実力は冒険者なら中堅クラス、教会なら上級神父目前まで迫れるほどだ」

「私が上級神父ですか……やはりなるのは難しいのですか?」

「上級神父になるには、知識量と魔力量。そして魔術の才能が必要だ。さらに百名以上の下級神父の推薦もいるため、人望まで求められる」

「想像以上のハードルの高さですね」

「王国において最難関の職務だろうな」


 アルフレッドの口ぶりから、簡単になれる立場ではないと伺える。婚約破棄をしてきたケビンを許すことはできないが、優秀なことだけは認めざる負えなかった。


「さらに困難であるが故に、上級神父は大貴族に匹敵する権限を持つ。その要請は公爵といえども断れないほどだ」

「そんな力が……」


 父がケビンを優秀だと認めていた理由を改めて理解する。土魔術だけで選ばれたわけではなかったのだ。


「あなたたち、大変よ!」


 シャーロットが慌てて駆け寄ってくる。額に汗を浮かべており、只事ではないと察せられた。


「どうかしたのですか?」

「エリスさんが回復魔術を使えると、教会に疑われているの!」

「え、でもどうして……」

「息子の体調が回復したからよ。教会には薬で治したと回答したけど、信じてもらえたかは怪しいわね」

「半分本当なんですけどね……」


 予防薬の効果が働いたのは嘘ではない。だが教会はエリスが回復魔術の使い手だと知っている。そこに因果関係を見出す者がいても不思議ではない。


「もし私が回復魔術を使えると知られたらどうなるのでしょうか?」

「信者たちから盛大に崇められるでしょうね。なにせ聖女様と同じ力だもの。放ってはおかないわ」

「それは面倒ですね……」


 教会に聖女として崇められることに利点がないわけではない。内部情報にアクセスできれば、模倣の魔術の使い手を特定できる可能性もある。


 だがアルフレッドは徐々に回復しつつある。この調子で治療を続ければ、きっと完治も夢ではないだろう。


 秘匿情報にアクセスする道を模索するより、今は少しでもアルフレッドの側にいて、治療に専念したい。


 だからこそエリスは教会に回復魔術を扱えるようになったと知られるわけにはいかなかった。


「教会は私のことを調べるでしょうか?」

「間違いなくね……さらに残念なことに、私たちが調査を断れないようにするために、上級神父のケビン神父が派遣されるそうよ……」

「――――ッ……そうですか……」


 元婚約者の名前にドキリとさせられる。だが怯えてはいない。むしろ隠し通してやるという気持ちが強く湧いた。


(私はアルフレッド様と幸せに暮らすのですから。ケビン様に邪魔はさせません)


 エリスは瞳に闘志を燃やす。彼女は真っ向からケビンに立ち向かうと決意するのだった。

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