幕間 ~『影への脅迫 ★ミリア視点』~

『ミリア視点』



 父親の執務室の前で、ミリアは聞き耳を立てていた。


 会話の主はルインとケビンだ。いつも冷静な二人には珍しく、興奮で声が高ぶっていた。おかげで、扉越しでもしっかりと聞き取ることができた。


(お姉様が聖女だなんて信じられませんわ)


 心の底で欠陥品だと馬鹿にしていた姉に力が宿ったかもしれない。その衝撃的な知らせを受け入れられずにいた。奥歯を噛み締め、悔しさを耐えながら、目当ての使用人を探す。


「そこにいましたのね」

「ミリアお嬢様……私に何の御用でしょうか?」


 腰の低い老人が怯えるように訊ねると、ミリアは呆れたように溜息を吐く。


「私の前で卑屈な態度を演じなくて構いませんわ。あなたの正体が、お父様の影だと知っていますもの」

「……それは秘密の約束ですよ」

「だから他の人には教えていません。私とあなただけの秘密ですわ」

「……厄介な人に知られてしまいましたね」


 老人は頬を掻く。彼の正体が影だと気づいたのは偶然だ。夜中に血塗れで帰宅した彼をたまたま目にしてしまったのだ。


 本来なら目撃者は口封じのために殺すのがセオリーだが、相手が領主の娘のミリアとあってはそれもできない。秘密を握られて、逆らえない立場となっていた。


「オルレアン公爵領の報告書の内容を私にも聞かせてくださいまし」

「それは……」

「私とあなたの仲でしょう」

「領主様には秘密ですよ……」

「分かっていますわ」


 老人は諦めたのか、そのすべてをミリアに報告する。エリスが魔力に目覚めた可能性があることや、アルフレッドの呪いの進行が止まっていることなど、ルインに伝えた内容をそっくりそのまま彼女にも解説した。


「お姉様が魔力に目覚めたかどうかまだ確証はありませんのね?」

「ただの仮説ですからね」

「ならチャンスはありますわね」


 もしエリスが聖女の力を持つと確定すれば、ケビンの心はますますミリアから離れていくだろう。これから先の人生を孤独に生きなければならないのは耐えられない。


 さらにアルフレッド公爵についても、エリスの嫁ぎ先が呪いに毒された醜男だからこそ嘲笑できたのだ。


 もし美丈夫との充実した結婚生活を満喫しているのだとすると、嫉妬を抑えきれそうになかった。不幸な自分を差し置いて、幸せになろうとしている姉を許せなかったのだ。


「どうにかして、お姉様を不幸にできないかしら」

「そのようなお考えは止めたほうが良いかと……」

「あなたに何が分かりますの!? ストレスが原因で、肌と髪はボロボロ、体重も十キロ太りましたのよ。お姉様だけが順分満帆なんて許せるはずがありませんわ!」

「ですが、ミリアお嬢様にはケビン様がいるではありませんか……」

「お父様と同じことを言うのは止めてくださいまし」


 ケビンとの婚姻を解消したいと父に伝えたことがあったが、受け入れられなかった。彼との結婚を続ければ幸せになれると譲らなかったのだ。


「お父様の言いたいことは分かりますわ。ケビン様と結婚さえしていれば、お金に不自由することはないでしょうし、領地も安泰でしょう」

「それの何が不満なのですか?」

「私は女として幸せになりたいのですわ」


 愛し愛される関係でありたいのだ。だが父に訴えても、彼は娘の感情を理解しようとはしなかった。


「ケビン様はお嬢様のことを愛していらっしゃいますよ」

「あの男はお姉様に夢中ですのよ。ありえませんわ……そう、人の旦那を盗るなんて、万死に値しますわ」

「……先に奪ったのは、ミリアお嬢様では?」

「お黙りなさい。あなたはどちらの味方ですの!」

「もちろん、ミリアお嬢様です」

「なら協力しなさい。私を敵に回したことを後悔させてやりますの」


 ミリアはエリスに対して逆恨みの炎を燃やす。彼女の行動がすべての歯車を狂わせるとは、この時の誰もが想像さえしていなかった。


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