第四章 ~『ケビンの調査と計画通り』~
とうとう決戦の日がやってきた。ケビンを乗せた馬車が屋敷に到着し、使用人に先導される形で応接室に迎え入れられる。
ケビンはキャソックに身を包み、胸元には十字架のネックレスが輝いていた。ロックバーン家の貴族としてではなく、上級神父としての訪問だと強調しているかのようだった。
「久しぶりだね、エリス。会いたかったよ」
「私は会いたくありませんでした……」
意識的に無愛想な態度を取るが、ケビンは微笑みを返すだけ。温和な態度を崩さず、冷静さを保つ彼に不信感を覚える。
「君とお別れしてからもう一年が経つんだね……」
「婚約破棄された日のこと、忘れてはいませんから」
「あのときは酷いことをしてしまったね」
「後悔しているなら、私に構わないでください」
「そうはいかないよ。僕は上級神父の職務を果たすために、オルレアン公爵家を訪問しているからね。仕事をやり遂げないで帰るわけにはいかないんだ」
ケビンの視線がアルフレッドに向けられる。エリスに対して浮かべていた笑みは消え、氷のような冷たい目でアルフレッドを見据える。
「お久しぶりですね、アルフレッド公爵」
「王都での会合以来だな」
「あの頃とは見違えましたね」
王都に出向いた頃は、呪いに侵されていたため完全に顔を隠していた。それが今では目元以外を顕にしているのだ。その変化を訝しがるのは当然の反応だった。
「どうして症状に変化が?」
「呪いを防ぐ薬を発見したおかげだ」
「予防薬ですか……どのような手段で製法を知ったのですか?」
「……悪いが、製薬技術は秘匿事項だ」
「上級神父である私の要求を断ると?」
「それなら私も公爵だ。上級神父の願いでもすべての要求を呑む義理はない。もし知りたいなら、なぜ知る必要があるのか事情を説明してもらおうか」
「…………」
教会は聖女の再来の真偽を確かめるためにケビンを派遣したのだ。呪いの予防薬の製法を知ることは、その目的に繋がらない。分が悪いと判断したケビンは後退する。だが彼の闘志は消えていなかった。
「アルフレッド公爵の言い分を認めましょう。僕の仕事はエリスの調査だ」
「私を尋問するつもりですか?」
「まさか。大切な君にそんな酷いことはしないさ……世の中には文明の利器があるからね。平和的に君が聖女の生まれ変わりだと証明してみせよう」
ケビンは懐から手の平サイズの水晶玉を取り出す。
「この水晶は魔力を判定して色を変化させる。より濃い青に染まれば染まるほど、君の魔力量が多いと判断できるんだ」
つまり魔力がゼロなら透明を維持する。ケビンは暗にそう告げていた。
「さぁ、水晶に手を乗せるんだ」
「…………」
言われるがまま、エリスは水晶に触れる。だが色の変化はなく、透明なままだった。
「馬鹿な……君は聖女のはずだ……」
「だからそれは誤解です。私には魔力なんてありませんし、証明もされたはずです。疑いは晴れたのですよ」
「…………っ」
エリスはアルフレッドと目を見合わせて、クスリと笑う。すべて計画通りの展開だった。
(ケビン様が訪ねてくることは知っていましたからね。こんなこともあろうかと、魔力を空にしておいて正解でした)
水晶で測定できるのは、あくまで現在の魔力量だ。なら事前に全部使い切ってしまえばいい。アルフレッドが立案した作戦が見事に嵌ったのだ。
(さすが、私の旦那様。策士ですね)
物的証拠が示された以上、ケビンは納得するしかない。奥歯を噛み締めながら、悔しそうな表情を一瞬だけ見せるも、すぐに冷静さを取り戻す。
「水晶の結果がこれなら僕は退散するしかないね……でも、魔力に目覚めたことを秘密にするときっと後悔するよ」
「どういう意味ですか?」
「聖女の再臨だと認められれば、縁談は山のように届く。それこそ僕と寄りを戻すことだって可能だ……マスクで顔を隠し、いつ死ぬかも分からない男の婚約者で、本当に幸せになれるのかい?」
アルフレッドの呪いは回復に向かっている。だがまだ完治には至っていない。その部分に言及した上で、聖女だと認めたほうが得だと説得しているのだ。
もちろんエリスは否定する。憐れむような視線をケビンに向けると、いつも冷静な彼のこめかみに青筋が走った。
「僕を軽蔑するのかい?」
「婚約破棄された時からしています」
「ははは、そうだったね。でも君が僕の提案を断るとは思わなかったよ」
「アルフレッド様は優しい人ですから。私は生涯この人の傍にいると誓ったんです」
本音をありのままに伝える。反論が返ってくるかと思いきや、ケビンはあっさり引き下がって、背を向けた。
「僕は諦めたわけじゃない。しばらくオルレアン公爵領に滞在して、君の動向を伺わせてもらうよ」
負け惜しみを残して、ケビンは屋敷を後にする。
「やりましたね、アルフレッド様!」
「エリスの名演技のおかげだな」
ケビンを撃退できたことを喜びあう。困難を乗り越えたことで、互いの絆が深まったのだった。
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