第三章 ~『知れ渡った英雄』~
アルフレッドが悪漢から民を救ったという噂話はすぐに広まった。特にマスクで目元を隠しているとはいえ、口元からでも美男子だと分かる容貌だ。
女性たちの間で憧れの存在として祭り上げられ、アルフレッドをモチーフとした人形や小説が発売されるほどの過熱ぶりだった。
この人気の高さは、元々、領地運営の手腕で評価されていたことも大きい。優秀な領主が仮面を付けた謎の美丈夫だと知られれば、そのミステリアスさも相まって、人気が爆発するのも当然だった。
「ある意味で外を出歩けなくなってしまったな」
「もう少し待てばきっとブームも収まりますよ」
暖炉の炎で体を温めながら、談話室のソファに腰掛けていた。膝の上にはシロもいる。幸せそうに眠りについていた。
「私のグッズを買う者がいるとは……未だに信じられない」
「ふふ、私もアルフレッド様の絵を購入しましたよ」
手帳サイズの小さな絵画だが、アルフレッドの優しい顔付きが淡い絵の具で表現されており、エリスのお気に入りの一枚だった。
「私もエリスの絵が欲しいな」
「アルフレッド様と違い、私が市井で人気になることはありませんから」
「君の美貌なら十分ありえると思うのだが……」
エリスは転生者だ。前世の顔と比較できるからこそ、客観的にも自分の顔が整っている自信はある。だが人気は容姿だけでは得られない。成果やエピソードがあってこそだ。
今のエリスは領主の婚約者でしかない。絵画として描かれるとしても、実際に婚姻を結んでからになるだろう。
それを暗に伝えると、アルフレッドは少しだけ悲しげな顔をする。なんだか悪いことをしているような気分だった。
「話は聞かせてもらったわ」
「シャーロット様!」
「私に任せておきなさい。エリスさんの絵は私が用意するわ」
扉を開けて飛び込んできたシャーロットは、紙と絵の具を用意していた。そこから彼女の意図を察する。
「シャーロット様が描いてくれるのですか?」
「そうよ。こう見えても絵を掻くのは得意なの」
「そんな特技が……」
剣の実力といい、シャーロットの多才さには驚かされてばかりだ。
「母上は絵のコンクールで優勝したこともある。素晴らしい絵に仕上げてくれるはずだ」
「では、お言葉に甘えてもよろしいですか?」
「もちろんよ」
アルフレッドとエリスは黒塗りのソファに横並びで腰掛ける。背筋をピンと伸ばしながらも、膝の上で眠るシロを起こさないように注意する。
横目でチラッとアルフレッドの顔を一瞥する。整った顔立ちは思わず見惚れそうなほどに美しい。
(世の女性達を虜にしたのも理解できますね)
シャーロットは筆を動かし、絵を塗っていく。その動きはとても早い。剣士として鍛えた腕力のおかげなのかもしれない。
「これでよしと!」
一時間もしない内に絵は完成する。写実的でありながら、柔らかいタッチの油絵だ。
「素敵ですね~」
「エリスの愛らしさが上手く表現されている」
「アルフレッド様の凛々しさもですよ」
「ふふ、ふたりともお熱いわね」
喜んでもらえて良かったとシャーロットは微笑む。そこには安堵も混じっていた。
「息子が呪いで苦しんでいたときには、こんな絵を残せるなんて思わなかったわ。これもすべてエリスさんのおかげね」
「シャーロット様……」
「でも今度は絵師を雇って、三人揃って絵画を描いてもらいましょうね」
「はい。一生の思い出にしましょう」
「その時が楽しみね」
これからも家族としての思い出をたくさん残していきたい。そう思えるほど、エリスにとってもオルレアン公爵家は大切な存在となっていたのだった。
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