第三章 ~『街でのデートとクレープ屋』~
初めての人混みの中でのデート。ヴェネチアンマスクで顔を隠したアルフレッドと手を繋ぎながら、エリスたちは街道を散策していた。
「風が冷たいですね」
「そうだな」
視界に映るカップルたちは寒さに耐えるために身を寄せ合っている。エリスたちも見習うように距離を縮めると、体だけでなく、心まで暖かくなるような温もりを感じられた。
「アルフレッド様、あそこ」
「クレープか……食べてみるか?」
「はいっ」
噴水が設置された広場の隅にクレープの屋台を見つけると、エリスたちは注文を伝える。
商品は一種類しかなかったため、お金を渡すのと交換ですぐに商品を受け取る。小麦粉を薄く焼いた生地に、生クリームと苺が包み込まれていた。
食欲を誘う甘い匂いを我慢できず、エリスたちはベンチに腰掛けるとすぐに口をつける。舌の上で広がるクリーミーな味わいと苺の酸味が上手く調和していた。
「美味しいですね♪」
「クレープの隠し味は……シナモンかな」
「強調しすぎていないのも人気の秘密なのでしょうね」
屋台の前には女性たちの行列ができていた。商品数を一種類にして回転率を高めていたが、それでも捌ききれないほどの客足だった。
ベンチも埋まり始めており、女性たちはクレープを楽しんでいる。その内のいくつかのグループがヒソヒソと何かを話しているのが目についた。
「もしかして私は笑われているのか?」
「そんなはずありませんよ。おそらく逆です」
「逆?」
「はい。アルフレッド様が素敵なので噂しているんです」
「そんな馬鹿な……」
「本当ですよ。それを証明してみせましょう」
エリスはアルフレッドの腕に抱きつく。その様子を見ていた女性たちは瞳に嫉妬や羨望の感情を浮かべる。彼を醜いと馬鹿にしているなら起こり得ない反応だ。
「君は本当に優しいな……私のために大胆になってくれて嬉しかったよ」
「アルフレッド様は私のものだとアピールするためでもありますから」
「心配しなくとも、私はエリス以外の女性に興味はない。君一筋だからな」
「ふふ、アルフレッド様も十分に大胆ですよ」
嬉しい反面、照れで耳まで赤くなる。それはエリスだけでなく、アルフレッドも同じで、顔が林檎のように真っ赤になっていた。
居心地の良い空気が流れる。いつまでも続けばいいのにと、願いたくなるような静かな時間だ。
(アルフレッド様とこれからもデートしたいですね)
今のところ、アルフレッドが人前に顔を晒したことで我慢しているような素振りはない。ここからさらに呪いが完治すれば、マスクを外し、より開放感を感じながらデートを楽しめるはずだ。
(回復魔術の鍛錬をもっと頑張らないといけませんね)
そう心のなかで決意していると、怒鳴り声が届く。クレープ屋の前で人相の悪い男が、店員と揉めていたのだ。
「トラブルのようですね」
「私は領主だ。問題を見て見ぬふりはできない。仲裁に行ってくる」
「お供します」
「……私から離れないようにな」
「はいっ」
エリスは危険だから付いてくるなと伝えても止まるようなタイプではない。渦中に飛び込むのを受け入れるなら、せめて安全な側にいるようにとの配慮だった。
「どうかしたのか?」
店員の男性に訊ねると、困ったように眉根を下ろす。
「実はこの人が出店許可を得ていないと怒っていまして……」
「ん? 許可証は掲示されているようだが……」
屋台の壁に張り出された許可証は本物だ。領主であるアルフレッドにとっては見慣れた書類なので間違いない。
「第三者が口出しするんじゃねぇよ」
「トラブルを放っておけないだけだ。それに店側の意見には正当性がある。許可証もしっかりと提示されている」
「素人のあんたは知らないかもしれないがな。屋台を出したいなら、この辺を仕切っている俺に挨拶するのが筋なんだよ」
つまり男は無法者なのだ。みかじめ料を巻き上げるために、難癖をつけているだけだった。
「憲兵を呼んできましょうか?」
エリスが訊ねると、その声を聞いていたのか、無法者の男は急に笑い出す。
「呼びたきゃ呼んでもいいぞ。だが俺はアルフレッド公爵と唯一無二の親友だ。俺が頼めば、憲兵も言いなりだが、それは覚悟の上だろうな?」
公爵と友人という一言で広場にざわめきが奔る。
(アルフレッド様が屋敷から出てこなかったのをいいことに、勝手に利用しているのですね)
アルフレッドの名声を落とすような行為にエリスは眉根を寄せる。だが当の本人は冷静に無法者の男と向き合った。
「私は君と友人になった覚えはない」
「はぁ?」
「私がアルフレッド公爵だ」
懐から短刀を取り出す。柄の部分にはオルレアン公爵家の家紋が刻まれており、公爵本人である証拠となる品だった。
「まさか……本物……し、失礼しました」
無法者の男は逃げるように、その場を立ち去る。彼を追い払ったアルフレッドに周囲から拍手が贈られる。
「アルフレッド様、素敵!」
「私たちの公爵がこんな立派な人だったなんて!」
「格好良かったぞ!」
四方から称賛の声が届く。エリスもまた彼を誇りに思う。
「さすが私のアルフレッド様です♪」
顔を赤くしながらもアルフレッドは称賛を受け入れる。街の人たちからの拍手を受け取りながら、エリスたちはデートを続けるのだった。
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