第三章 ~『回復へ向かうアルフレッド』~

 予防薬について教わってから数日が過ぎた。材料や製法は特別なものではない。おかげで、エリスでも作ることができた。


 アルフレッドに煎じた予防薬を飲ませ続けたことで、日に日に体調は良くなっていた。まだ目元の呪いは解けていないが、杖を付くこともなく、屋敷内を自分の足で歩けるようになるまで回復していた。


「エリスには助けられてばかりだな」


 庭の四阿で紅茶を楽しみながら、アルフレッドは礼を伝える。感謝の印として、彼の手作りのマカロンが丸テーブルの上に並べられていた。


「助けられているのはお互い様ですから。それに一番の功労者はシロ様です」

「にゃ~」


 シロが黒魔術師の居所を知っていたからこそ、呪いの予防薬の製法を知ることができたのだ。


「シロ様。あ~ん」

「にゃ~♪」


 シロの口元にマカロンを運ぶ。蜂蜜の甘さがほんのりと香る味わいに満足したのか、尻尾を左右に振っていた。


「シロの好物が蜂蜜というのは本当のようだな」

「甘党なのは私に似たのかもしれませんね」


 エリスもマカロンを手に取る。愛情の込められた焼き菓子は、口元が緩んでしまうほどに美味だった。


「アルフレッド様の作るお菓子はいつ食べても絶品ですね」

「菓子作りを楽しめるのも、エリスが治療してくれたおかげだ」

「ふふ、お爺さんにも感謝ですね」


 予防薬は効力を発揮していた。その証拠にアルフレッドには呪いの出力を上げられている感覚があったが、それによって症状が悪化することもなかった。


(予防が効果ありなら先は明るいですね)


 鍛錬を続けていたおかげで、エリスの魔力量も増加している。


 魔術の効力は魔力量に依存するため、癒やしの力も増しており、アルフレッドの完治も夢ではなくなっていた。


「ご老人はシロの飼い主だから君に親切にしてくれたのだろうか?」

「それも理由の一つでしょうね。ですが、私のお母様とも面識があるようでしたから。そちらも一因かもしれませんね」

「エリスの母上か……素敵な人だったのだろうな」

「私が物心付く前に亡くなりましたから。ほとんど覚えていません。ですが、優しい人だと思いますよ。なにせ、あのお父様が心の底から惚れた人ですから」

「ルイン伯爵が……」


 アルフレッドはルインのことを領主としての務めを優先する情の薄いタイプだと見做していた。そのため、ルインが妻を溺愛していたことに意外性を感じていた。


「アルフレッド様のお父様はどうでしたか?」

「それはもう。息子の私から見ても胸焼けするほどに仲の良い夫婦だった」

「素敵なお父様だったのですね」

「父上は私の理想とする人物だった。領民からも愛され、ロックバーン伯爵領との和平も成し遂げた。だが……そんな父と違い、祖父は悪魔のような人だった」

「悪魔ですか……」


 親族に向ける表現としては穏やかではない。だがアルフレッドは根拠もなく、このような強い言葉を使う人でもない。続くその理由に耳を傾ける。


「祖父は権力に囚われていた。領地を広げるためなら、どんな悪事にでも手を染め、王族でさえも賄賂で飼いならしていた……そして噂には、黒魔術師を手先として利用し、邪魔者を排除していたという話まであったほどだ」

「恐ろしい人ですね……」

「私もあの人の血を引いているのだと思うと、自分を恐ろしく感じることがあるんだ……」


 内に潜む怪物を恐れるように、アルフレッドは拳を握りしめた。だがエリスはそんな彼に対して柔和な笑みを向ける。


「安心してください。アルフレッド様は善悪をきちんと判断できる人ですよ」

「エリス……」

「それに道を踏み外しそうなら私が支えますから。いつでも頼ってくださいね」

「本当に、私は君に救われているな……」

「…………」


 エリスは彼の独白を黙って受け入れる。彼女にとってもアルフレッドは救いだった。彼がいたからこそ、欠陥品と馬鹿にされてきた人生で幸福を手に入れられたのだ。


「エリス、改めてデートをしないか?」

「あの自然公園ですね」

「いや、街に行こう。しかも早朝ではなく、昼間にだ」

「ですが、それは……」


 アルフレッドは人前に姿を晒すことに抵抗を覚えていた。だからこそ、公園や早朝の時間帯を選択してきたのだ。


 昼の街は人で溢れ、他者の視線を避けられないだろう。だが彼は首を横に振って、勇気を振り絞る。


「私が君といろんな商店を回りたいのだ。だから一緒にきてくれないだろうか?」

「ふふ、アルフレッド様に誘われては断れませんね」


 エリスは笑みを浮かべて同意する。紅茶に口をつけ、薔薇の甘い香りを舌の上で楽しみながら、デートを心待ちにするのだった。

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