幕間 ~『領主としての力 ★ルイン視点』~


『ルイン視点』


 ロックバーン伯爵家の屋敷にある執務室。そこで仕事に勤しんでいた領主のルインは、窓から飛び込んできた泣き声にため息を漏らす。


「我が娘ながら馬鹿な女だ」


 心配で駆けつけようとは思わない。どうせいつもの癇癪だと知っていたからだ。


「失礼します」

「入れ」


 ノックが鳴らされ、入室してきたのはミリアの専属侍女だ。用件が彼女の泣き声と関係があると容易に推察できた。


「いつも苦労をかけるな」

「私の方こそ、クビにすると脅されたので強く言い過ぎました」

「君のような優秀な人材をクビにするものか」


 勤続年数が長く、知識も豊富で気配りも効く。そんな彼女をミリアの専属にしたのも、優秀さを見習って欲しかったからだ。


「ミリアにはもう少し成長してもらわないとな」

「やはりエリス様の方が領主婦人に相応しかったのでは?」

「知能や人格、使用人たちにも好かれていたから人望もエリスが上だろうな。きっと領主を支える良い妻となったはずだ」

「ではどうして?」

「馬鹿な子供ほど可愛いから……というのは冗談だが、やはり錬金魔術を扱える点に尽きるだろうな」


 鉱石の発掘が主な産業であるロックバーン伯爵領にとって、金属加工が可能な錬金の力は必要不可欠な能力だ。


 人格に難があろうとも、その一点だけでエリスを超える評価に値する。それがルインの出した結論だった。


「魔術がそれほど重要でしょうか?」

「私は魔力に目覚めるのが遅かったからな。だからこそ重要性を知っている。魔術を扱えるようになっただけで、役立たずだと馬鹿にしてきた私に手の平を返してきた両親の顔は今でも忘れられないからな」


 ルインは十五歳の頃に魔力に目覚めた。世の中的には最も遅いタイミングであり、両親から才能がないと見下されて育ったのだ。


「人を見る目のないご両親だったのですね」

「まさか私にあれほど強力な魔術が眠っていると思わなかったのだろうな」

「ロックバーン伯爵家がここまでの地位を得られたのも、領主様が土と錬金の魔術を扱えたおかげですからね」


 ロックバーン家は、伯爵の中でもトップクラスに力があり、公爵に近い権力を有している。


 ここまで発展できたのは、一人につき一種類しか使えないはずの魔術を、ルインが二種類扱うことができたためだ。しかもその力は、土と錬金という領土運営に欠かせない魔術であった。彼がいなければ、現在の栄光もなかったはずだ。


「両親から馬鹿にされていた私を、唯一、馬鹿にせずに愛してくれたのは妻だけだった」

「人格者だったのですね」

「私の最も尊敬する人だった。ただ、私より先に亡くなってしまったことだけが残念だがな……」

「領主様……」

「私もそう長くは生きられないだろう。死ぬまでに可能な限り、領地を拡大しておかなければならない」


 貴族社会は魑魅魍魎が跋扈する世界だ。ルイン亡き後、ケビンが領主の座を継いだ際に、生き残っていくことは容易ではない。どれほどケビンが優秀だとしても一抹の不安が残るのだ。


「そのためにエリスをオルレアン公爵家に送り込んだのだ。これで我々は公爵領を取り込むことができる」

「ですが、そのためにはエリス様とアルフレッド様との間に子供が生まれる必要がありますよね?」


 アルフレッドが呪いで醜くなっていることは使用人たちの間でも知られていた。そのような男との間に愛の結晶が生まれるのかと疑問を問うと、ルインは微笑む。


「エリスは私に似ている。異性の外見を気にするタイプではない。呪いで醜い夫のことも本心で愛するだろう」

「……亡き奥様も呪われていましたからね」

「呪われても内面は美しい人だった……どれほど醜くとも、長く生きてほしかった……」

「領主様……」

「呪いの恐ろしさは知っている。アルフレッド公爵の命も長くはない。あとはエリスに子供さえ生まれれば、オルレアン公爵領は我々のものだ」


 こんなに孫が生まれるのが楽しみなことはない。他人の不幸を願いながらルインは哄笑するのだった。

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