第二章 ~『目覚めた空間魔術』~
空間魔術に目覚めてから、エリスとシャーロットは共にいる時間が増えた。本日もまた、咲き誇る薔薇を見渡せる四阿で、ティータイムを楽しんでいた。
「この時間が一日の中で最も楽しみなの」
「私もです♪」
テーブルの上には三段重ねのティースタンドが置かれており、下段にサンドイッチ、中断にケーキ、上段にスコーンとジャムが載せられている。
(たまには伯爵令嬢らしい時間も楽しいですね)
庶民的な生活が好みのエリスではあるが、人と楽しむティータイムの時間は嫌いではなかった。
「この紅茶はこの庭に咲いている薔薇から淹れたのよ」
「ローズティは好物なので楽しみです」
シャーロットがカップに紅茶を注いでくれる。薔薇の香りが鼻腔を擽り、気分が安らいでいく。
「このスコーンと合わせるとさらに美味しくなるわよ」
「あ、本当ですね」
ジャムをたっぷりと載せたスコーンと、爽やかな紅茶が舌の上で調和する。思わず笑みが溢れてしまうほどに美味だった。
「明日のティータイムはチョコレートのスコーンを用意するわ。味は期待していいわよ」
「シャーロット様のお墨付きなら、きっと絶品なのでしょうね」
エリスたちは親子であるが、まるで友人のような関係性でもあった。心の底からティータイムを満喫する。
(こんな穏やかな時間を楽しめるのも、空間魔術のおかげですね)
エリスたちは空中に映し出した映像を視聴する。椅子に腰掛けるアルフレッドもスコーンを口にしていた。
「偶然ですが、運命を感じますね」
「ふふ、そうよね……それに、お菓子とはいえ、息子が食事をしている姿に安心するわ」
「ですね」
食が細いのは相変わらずだが、生きていくための栄養は取ってくれていた。食事を頑張っている彼の姿に励まされる思いだった。
(私も魔術をもっと磨かないといけませんね)
エリスは新たに空間魔術という武器を手にした。この能力は回復魔術に負けず劣らずの可能性を秘めている。
(もし日本に転移できる力が手に入れば……)
前世に未練はない。だが呪いを解く手がかりを得るため、地球に移動できる手段は欲しかった。
(アルフレッド様が日本の病院で精密検査を受けられれば、呪いの科学的な原因を特定できるかもしれませんからね)
医療技術に関してはこの世界とは比べ物にならないほどに発達している。薬や外科手術で治すことができる可能性も十分に秘めている。
(選択肢は多いに越したことはありませんからね)
回復魔術で呪いを完全に解呪できなかった場合の保険になる。そう考え、エリスは暇を見つけては魔術の効力の拡張、つまりは『異世界へ繋がる空間魔術』の実現を試みていた。
(魔術の拡張を果たすには、基本的に長い鍛錬が必要ですからね。きっと簡単には習得できないでしょうね)
空間魔術を『遠くの映像を映し出す』以外の新しい力として拡張するには、こういう能力が使えるようになりたいと念じ続ける必要がある。自己催眠を続けた先に、空間を操る魔術に新たな力が目覚めるのだ。
「エリスさん、映像を見て頂戴。息子と話している相手……」
「お父様!」
映像の中にいるアルフレッドが、父であるルイン伯爵と談笑を楽しんでいた。側にはケビンの姿もある。どんな話をしているか気になるが、空間魔術は音声を聞くことができなかった。
「どのような話をしているのでしょうか……」
「空気は悪くなさそうね……」
かつて互いの領地は敵対関係だった。しかし今では家同士で縁談を結ぶ関係だ。少なくとも表面上は社交的な態度を貫くのは当然だった。
「でも不思議ね。本来、会談に参加できるのは領主一人のはずなのに……」
「ケビン様は次期領主であると同時に神父でもありますから。別枠で招待されたのかもしれません」
貴族だけが議論を交わしては纏まるものも纏まらない。故に中立の立場として、教会の神父がメンバーに加わるのだ。そこに選ばれたのだろうと予想する。
「会談に呼ばれるくらいだから優秀な人なのでしょうね」
「教会では上級神父の立場だそうです」
「完全な実力主義の教会でのし上がるなんて凄い人なのね」
「能力は高い人でしたから……」
だが長い付き合いの幼馴染に婚約破棄を突きつける人でなしだ。つい、映像から目を背けてしまう。
「もしかして苦手な人なの?」
「酷い目にあわされましたからね」
「なら私にとっても敵ね。塩撒いておきましょう」
シャーロットはエリスの元婚約者がケビンだと知らない。だが事情を説明せずとも、彼女はいつだって味方になってくれる。
「私、アルフレッド様と同じくらいシャーロット様のことも好きです」
「私もよ。結婚できないのが残念なくらいだわ」
「ふふ、ですね」
楽しい時間は過ぎるのも早い。エリスたちは充実したティータイムを満喫するのだった。
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