第二章 ~『歓迎の準備』~


 屋敷の玄関でシャーロットと共に空間魔術による映像を確認していた。


 映像では、アルフレッドが馬車で揺られていた。車窓から見える景色はオルレアン公爵領の雑木林である。


 到着まで残りわずかだ。久しぶりに会えるのが楽しみで、エリスたちは見て分かるほどにソワソワしていた。


「飾り付けもばっちりね」

「きっと驚くでしょうね」


 玄関は赤と白の薔薇で彩られている。華やかなローズの香りが彼を出迎えるのだ。


「それにエリスさんも。着飾っていて、とても綺麗よ」

「シャーロット様から頂いたドレスのおかげです。アルフレッド様は褒めてくれるでしょうか?」

「当然よ。だって私の息子だもの」


 街を訪れた際、シャーロットから贈られた桜色のドレスを身に着けていた。黒曜石のような黒髪と調和し、伯爵令嬢らしい気品ある雰囲気を放っている。


 アルフレッドの反応を予想し、思わず頬が緩んでしまう。彼が帰ってくるのが待ち遠しかった。


「ダイニングに御馳走も用意できたし、準備万端ね」

「私たちが作ったケーキもありますからね♪」


 王都での仕事をやり遂げたアルフレッドを祝うため、エリスたちは不器用ながらもショートケーキを自作した。


 白いクリームの上に苺が載ったケーキは、何度も試作を重ねたものだ。見栄えはともかく味には自信があった。


「息子が王都に出かけてから三ヶ月……でも、エリスさんのおかげで楽しめたわ」

「私もです。きっとシャーロット様がいなければ寂しさに耐えられませんでした」

「ふふ、私たち似た者同士ね」

「ですね♪」


 シャーロットと友人のような関係性となれたのは、共に過ごした日々のおかげだ。ここまで心を許せた相手は、前世と現世を含めても彼女が初めてだ。


「ねぇ、息子が帰ってくる前に話をしたいの……今後の人生に関わる大切な話よ……」


 神妙な面持ちでシャーロットが視線を合わせる。彼女と仲良くなったからこそ、心の機微を察することができた。緊張と不安の入り混じった感情が瞳に浮かんでいる。


「少し不吉な話になるわ。それでも聞いてくれる?」

「はい。私に遠慮しないでください」


 聞きたくない話に耳を塞ぐほど子供ではない。覚悟を決めて、意識を傾ける。


「もし息子が亡くなったら、あなたはこの家に縛られなくなるわ……実家に戻って、血の繋がった家族と暮らせるの」


 子供がいれば話は別だが、まだアルフレッドとの間に子宝は恵まれていない。通常のプロセスなら、夫が亡くなれば、そのまま実家に帰って、新たな婚姻相手を探すことになる。それはオルレアン公爵家との繋がりを失うことを意味した。


「でもね、私はあなたのことを本当の娘だと思っているわ。だからもし息子が命を落とすようなことがあれば、我が家の養子にならない?」

「シャーロット様……」


 エリスは実家に未練がない上に、シャーロットを本物の家族だと思っている。本来なら迷わずに首を縦に振る場面だ。


 だが彼女はすぐに返事を返さない。正面からシャーロットを見据えて息を飲んだ。


「その問いには答えられません。私、アルフレッド様を絶対に死なせたりしませんから」

「エリスさん……そうね。私が間違っていたわ。息子は長生きするものね」

「その通りです。でも養子にならないかと提案してくれて、とても嬉しかったです」


 エリスの縁談の発端はオルレアン公爵家に跡取りを作るためだ。つまりアルフレッドが亡くなり、子供がいない状況では彼女に利用価値はない。


 だがシャーロットはそれでも養子にならないかと誘ってくれたのだ。利害を超えて、彼女がエリスを大切に想ってくれている証左である。


 シャーロットの優しさに報いたい。そんな願いに応えるように、馬の嘶きが届く。馬車が到着した証拠だった。


「いよいよですね」


 エリスたちは玄関の扉が開かれるのを待つ。アルフレッドとの再会を期待して、心を踊らせるのだった。


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