第二章 ~『アルフレッドの旅立ち』~
エリスがオルレアン公爵家に嫁いでから半年が経過した。季節は変わり、庭のもみじが紅葉で彩られている。
その庭先には馬車が止められていた。アルフレッドはトレンチコートを羽織っており、外出する出で立ちである。
「しばらく会えなくなるのですね」
「領主として、王都に出向かなくてはならないからな」
アルフレッドは呪いに侵されているため、外出することは基本的にない。だが公爵家の領主として、どうしても参加しなければならない会合も存在した。
その内の一つが王都で開催されるのだ。本心では病人である彼を王都に送りたくはないが、伯爵令嬢として育ってきたエリスは、貴族としての務めが大切なことも知っている。
「私も一緒にいけたら良かったのですが……」
「気持ちは嬉しいが、会合には領主一人で参加するのがルールだ」
「私も伯爵家の生まれです。困らせるつもりはありませんから安心してください。ご武運をお祈りしますね」
「ああ」
ルールを破り、婚約者を連れて会合に参加しては他の貴族から舐められてしまう。領民たちのためにも、交渉を優位に進めないければならないため、相手に付け入る隙を与えるわけにはいかなかった。
事情を把握しているからこそ、エリスは大人しく引き下がる。だが寂しさと心配する気持ちが心の中に広がっていった。
「会合には王国中から貴族や有力者が集まる。きっと君の父上も参加するはずだ」
「お父様ですか……将来有望な仲睦まじい娘夫婦に囲まれて、きっと幸せの絶頂なのでしょうね」
「……エリスは家族と不仲なのか?」
「私は仲良くしようと務めていました……ですが、私は魔力ゼロの欠陥品でしたから。心の距離は感じていました」
「そうか……」
「でも結果的には正解でした。実家を追い出されたからこそ、オルレアン公爵家に嫁げたのですから」
もし父から溺愛されていたら、きっとこの縁談はなかった。人生はどう転ぶか分からないものだと苦笑を浮かべると、アルフレッドは何かを思い出したかのように真剣な面持ちに変わる。
「君がショックを受けると思い秘密にしていたが、君の妹のミリアは離婚の危機にあるらしい」
「え!」
エリスから婚約者を奪ってまで無理に押し通したほどの愛が砕けようとしていることに驚きを隠せなかった。
「なんでもケビンが、君のことを忘れられないそうだ」
「そんなまさか……私は彼に捨てられたのですよ」
「別れたことでエリスの真の魅力に気づいたそうだ。この話を聞かされた時は、君を傷つけておきながら、本当に自分勝手な男だと憤慨したものだ」
「同感ですね」
今更意見を変えたこともそうだが、自分を捨てた覚悟がそんなにも軽いものだったのかと、エリスも怒りを覚える。
(もしかして、ミリアから届いた手紙も……)
わざわざ仲睦まじく暮らしているとミリアから手紙が届けられたことがあった。あれは現実で夫婦仲が上手くいっておらず、その原因の一端であるエリスへの意趣返しのつもりだったのかもしれない。
(だとすると哀れですね)
愛されていない結婚ほど辛いものはない。ミリアに同情してしまうほどだ。
「エリス、そろそろ出発の時間だ」
「寂しくなりますね」
「私もだ。だから……抱きしめても良いだろうか?」
「もちろんですよ」
二人はギュッと抱きしめ合う。互いの体温と共に愛情が流れ込んできた。
(本当に私は溺愛されていますね)
ミリアの現状を知ったからこそ、アルフレッドと結ばれた運命に心から感謝する。
「必ず無事で帰ってきてくださいね」
「ああ。お土産を楽しみにしていてくれ」
アルフレッドは馬車に乗り込み、車窓から顔を出す。走り出した後も、姿が見えなくなるまで、互いに手を振り続けるのだった。
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