第二章 ~『魔力の回復』~
アルフレッドを見送った後の屋敷は、いつもより広く感じられた。彼がいない寂しさを嘆いてばかりではいられない。エリスにはやるべきことがあった。
それは魔力量の増加だ。
アルフレッドの呪いを完治させるためには、絶対的に魔力量が不足していた。少なくとも衰弱を止められるくらいの力が欲しかった。
(アルフレッド様がいないからこそ努力しないと)
王都から帰ってきたときに、魔力量を増やして驚かせてあげたい。その一心で書庫を訪れていた。
(魔力増加の秘訣が書かれた本があれば良いのですが……)
魔力は座禅を組んでの精神統一や、身体の成長と同じく時間の経過によって増やせるが、最も効果の高い手段は魔力の消費だった。
原理としては筋肉の超回復に似ており、魔力を消耗した後、回復すると絶対量が増加するのだ。
(体力と同じで魔力の回復は睡眠や休息が必要なので、短期間での繰り返しができないのが課題ですね)
もし魔力の消費を繰り返せるなら、今よりも遥かに効率的に魔力量を増やせる。そのヒントを得るための書物を探し、一冊の本に興味を惹かれる。それは魔力回復薬のエリクサーの調合方法を記した書籍だった。
(う~ん、材料にドラゴンの血を使うのですね)
ドラゴンは魔物の中でもトップクラスの強敵だ。その血はエリクサーの材料以外にも使用され、高値で取引されている。
公爵家の財力や人脈を使えば手に入るかもしれないが、一度使ったら終わりではなく、何度も繰り返し飲むことになるため、その金額は莫大になるだろう。そこまでの迷惑をかけるわけにはいかなかった。
(他の本には役に立つ記述はなさそうですね)
本を読み漁ることに集中していたからか、気づくと窓から夕日が差し込んでいた。一息つくと、棚に本を仕舞いはじめる。
(少し早いですが、魔力の消耗をして、もう寝ることにしましょう)
アルフレッドと会えない寂しさを睡眠で紛らわせると決めて、書庫を後にしようとしたところで、エリスの足が止まる。
(どうやって魔力の消耗をしましょうか……)
今までは出力が弱くとも、呪いの症状が緩和されていたため、アルフレッドの呪いの治癒のために魔力を使ってきた。
だが彼がいなくては治療に使えない。怪我人が都合良くいるはずもないので、できることは一つだけだった。
(自分の指を切りますか……)
痛みが苦手なので気が乗らないが、アルフレッドの呪いを治すためには必要なプロセスだ。侍女にナイフを借りるしかないと覚悟を決めたところで、思いつきが頭を過る。
(聖女はあらゆるものを治したといいます。それは人だけなのでしょうか……)
『聖女の伝説』の書籍には挿絵が描かれていた。その中の一枚に、戦争で負傷した兵士が回復魔術を受けて、破けた服を元通りに復元されていた描写があった。
書籍としての演出なのかもしれない。だが試す価値はあった。
本棚からボロボロの一冊を取り出す。愛らしいクマが描かれた絵本は、至る所が破かれている。おそらく子供の頃のアルフレッドが読んでいたものだろう。
(この本に試してみましょう)
魔力を手の平に集中させて、回復魔術を発動させる。癒やしの輝きが絵本を包み込み、新品に近しい状態へと修復されていった。
(実験は成功ですね)
回復魔術はモノにも有効だった。これで魔力を消費するのに、わざわざ自分の指を切る必要もなくなったのだ。
(それに回復魔術の原理が掴めたのも大きな進歩ですね)
回復魔術で治すときに頭を過ぎったのは、書籍がインクや木材などの材料に復元される可能性だ。
だが実際はそうならなかった。これは使い手であるエリスが頭の中で描いた回復後の姿へと治療されるからだ。
手の傷ならば塞がり、本ならば新品に変わる。使用する魔力量に応じて、その効力に限界はあるのだろうが、エリスが回復後の姿さえ思い描ければ、治せないものが存在しないことを意味していた。
(ならもしかして……)
エリスは回復後の姿として普段の自分をイメージしながら胸に手を当てる。
(消耗した体力を治すように、使った魔力を回復できれば……)
回復魔術で癒やしの輝きを自分に放つ。本を読み漁っていた疲労が消え、纏っていた魔力も魔術使用前の状態に戻る。
(これって、もしかして永久機関の完成でしょうか!)
魔術使用により魔力が減っても元通りにできるなら、事実上、無限に回復魔術の行使が可能となる。
(これでアルフレッド様の治療も進みますね)
魔力の絶対量が無限に増えたわけではないため、一度の出力が上がったわけではない。そのためアルフレッドを完治させるほどの効果は、いまのエリスにはまだ発揮できない。これは大怪我の人に効果の小さい傷薬を塗っても完治にまでは至らないのと同じだ。ただし効果はゼロではない。何度も使えるなら、治療は進むはずだ。
(それに魔力増加の修行も捗りますね)
現状、最も効率の良い魔力消耗による鍛錬が時間の許す限り可能になったのだ。呪いの解呪に大きく前進したのは間違いなかった。
回復魔術の使い手であるエリスにしかできない鍛錬法の発見を喜びながら、大切な人のため、エリスは励むのだった。
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