第一章 ~『魔力の覚醒のための鍛錬』~
魔力を目覚めさせる訓練は地味で忍耐が求められる。胡座をかきながら背筋をピンと伸ばし、短い呼吸を繰り返すのだ。
(まるでヨガみたいですね)
前世で趣味らしい趣味がなかったエリスだが、ホットヨガだけは健康のために通っていた。汗を流し、体幹を整える感覚が好きで、週に一度の楽しみだった。
(それにこの場所なら景色も綺麗だから飽きませんしね)
白石や砂で水の流れが表現された庭は日本庭園の枯山水のようである。侘び寂びを感じられる景色のおかげで、長時間の訓練にも耐えられた。
(といっても、まだ成果は出ていませんが……)
訓練を始めてから数日が経過しているが、まだ魔力に目覚めていない。手の甲に刻まれた聖痕は次第に濃くなっているため、効果が実感できている点だけが救いだった。
「エリス、今日も魔力の訓練か?」
杖を付きながら、アルフレッドが声をかけてくれる。エリスが嫁いできてからは体調が比較的優れているらしく、声が明るかった。
「他にやることがないですからね。暇つぶしも兼ねてですよ」
「誤魔化さなくてもいい。君が私の呪いを解くために努力していることは母上からも聞いている……ただ私にとっては君の体調の方が大切なのだ。あまり無理しないでくれよ」
「心配せずとも平気ですよ。私、元気だけが取り柄ですから」
「エリス……君は本当に優しいな……」
「それはアルフレッド様にこそ相応しい台詞ですよ」
呪いで全身が痛むはずなのに、エリスの体調を気遣ってくれる。その気配りだけで鍛錬をもっと頑張ろうと思えた。
「それに魔力を得ることは私の宿願でもありますから。決して、アルフレッド様のためだけに無理をしているわけではありません」
「そう言われては、私は黙るしかないな……」
困り顔を浮かべたアルフレッドは、エリスの隣に腰掛ける。彼の体温が肩越しに感じられる距離で、二人は自然と手を合わせた。
「君はきっと凄い魔術師になる」
「欠陥品と馬鹿にされてきた私がですか?」
「魔力の伸びは個人差があるが、幼少から魔力量が多かったものは伸び悩む傾向が強い。一方、晩熟な者は最初こそ魔力量が少ないが、成長量は大きくなる。つまり現時点で魔力ゼロは究極の大器晩成型の可能性さえある」
「私にそんな素質が……」
「事実、物語に登場する聖女も十八歳までは魔術が使えなかったそうだ」
「そうなのですか!」
「あくまで物語の話ではあるがね」
魔術師は例外なく十五歳までに魔力に目覚める。だが物語の世界まで含めたなら、エリスのような症状を持つ魔術師もいないわけではなかったのだ。
「私も微力ながら君の魔力覚醒に協力しよう」
アルフレッドの手の平から温かい魔力が流れ込んでくる。全身を包み込む魔力に、心臓が早鐘を打つ。
「他者の魔力を感じることで目覚める者もいる。効果はありそうかな?」
「なんだか、全身が研ぎ澄まされているような気がします……」
「効果が出ているなら何よりだ……ん? その痕、もしや……聖女の聖痕と同じではないか?」
アルフレッドの魔力に触れたおかげか、手の甲に刻まれた幾何学模様が鮮明になっていた。おかげで文献に残された聖女の聖痕と同じだと判別できた。
「偶然できた痣ではありませんよね?」
「聖女と同じ回復魔術の使い手の君に刻まれたんだ。私は運命を感じるよ」
「私も同感です」
魔力の目覚めの兆候かもしれない。二人は肩が触れ合うような距離で、白い手の甲に刻まれた聖痕をジッと見つめるのだった。
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