第一章 ~『手紙と覚醒』~

 鍛錬を始めてから一ヶ月が経過した日のことだ。実家から一通の手紙が届いた。


(どうせ禄でもない手紙でしょうね)


 差し出し人は妹のミリアだ。人から婚約者を奪っておいて、どういうつもりだと怒りを覚えながらも、封蝋を外して中身を確認する。


 そこに記された内容はエリスの予想していた通り、読む価値さえない最低の挑発だった。


『拝啓、お姉様。お元気かしら。私はケビン様と仲睦まじく暮らしていますわ。きっとお姉様も、あの化け物公爵と仲良くしているのでしょうね。どうか時折、私のことを思い出してくださいね。愛しの妹より』


 読み終えた瞬間、エリスは手紙を破り捨てていた。ケビンへの未練はないため、二人が仲睦まじいことに嫉妬したわけではない。アルフレッドを馬鹿にされたことが許せなかったのだ。


(素敵な人なのに!)


 悔しさを噛み締めながら、深呼吸して怒りを落ち着かせる。これから日課の鍛錬がある。その際にアルフレッドに余計な心配をかけたくなかったからだ。


 いつもの庭が見える鍛錬場所へ向かうと、アルフレッドは先に待ってくれていた。枯山水を眺めていた彼は、エリスに気づいて、手を振ってくれる。


「お待たせしました」

「君を待つ時間は苦ではないさ」

「ふふ、今日も鍛錬をお願いしますね」


 一ヶ月の間、アルフレッドが鍛錬のサポートをしてくれていた。聖痕は刻まれ、魔力が湧き出そうとしている感覚もある。


 あと少しなのだ。ちょっとしたキッカケさえあれば、魔力に目覚められる。根拠のない直感だが、確信に近い自信があった。


「アルフレッド様が魔力に目覚めたときはキッカケがありましたか?」

「私の場合、ふとした日常で魔力に目覚めた。ただ知人には感情の爆発で魔力を自覚した者もいる」

「それはヒントになるかもしれませんね」


 魔力は全身を流れており、感情によって出力が変化する。これは魔力に限った話だけではない。脳によって発生した感情が自律神経を伝って、肉体に変化をもたらすことは科学的にも立証されている。


 つまり脳内で感情を爆発させれば、肉体の中に眠る魔力が目を覚ます可能性は十分にありうるのだ。


(強い感情なら、やはり怒りでしょうか……)


 挑発するような手紙を送ってきた妹に対する怒りを脳内で爆発させてみる。だが変化はない。


 怒りは失敗だったと気付き、改めてエリスは自分の感情を整理する。そして答えを見つけた。


(私の中にある一番強い感情は最初から決まっていましたね)


 それはアルフレッドを救いたいという感情だ。人は自分のために抱ける感情には限界がある。


 だが他人を思いやる感情は無限大だ。アルフレッドの手を取り、二人で祈りを捧げるように強く念じる。


 そして次の瞬間、エリスの手の甲に刻まれた聖痕が輝いた。全身を魔力が巡り、彼女は魔術師として目覚めたのである。


「あの……これは……」

「おめでとう、エリス。これで君も立派な魔術師だね」

「……っ……は、はい……ッ」


 人前で泣くのを嫌うエリスだが、このときばかりは涙を我慢せずにはいられなかった。目尻が熱くなるのを感じながら、アルフレッドに心から感謝するのだった。

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