第一章 ~『聖女の伝説』~
エリスは日に日にアルフレッドとの絆を深めていた。暇を見つけては二人で談笑を楽しみ、屋敷の中を散歩した。
(私が呪いから救ってあげたいですね……)
アルフレッドには専門家の薬師が付いている。素人のエリスにできることは少ないが、それでも彼女なりの優位性もあった。
それは現代知識だ。前世では医療職に従事していたわけではないため、医学知識があるわけではないが、この世界の住人とは異なった視点を持っている。
幸いにも、屋敷には蔵書が豊富だった。令嬢としての高等教育を受けてきたおかげで、文字の読み書きには困らない。読了した呪いに関する書物は山となって積み上げられていた。
(いろんな本に目を通しましたが、呪いを治すためのアプローチは二種類ですね)
一つはシャーロットも話していた黒魔術師を特定する方法だ。だが呪いは証拠も残らないため、特定は困難だ。
(教会なら黒魔術師についても把握しているのでしょうが……情報を明かしてはくれないでしょうね)
魔術師は十五歳になったタイミングで一人の例外もなく教会から神託を受けている。王国中の魔術師の情報を一手に握っているのだ。
だが個人情報の収集を許されているのは、教会に信用があるからだ。決して他には漏らさない前提が崩れれば、教会の特権的な立場の崩壊に繋がりかねない。国王でさえも、教会に情報の開示を強要することはできないだろう。
(なら私がやるべきは、呪いの治療方法の探索によるアプローチですね)
毒の魔術は薬による治療方法が確立されている。同様に呪いも未発見なだけで解呪する手段があってもおかしくはない。
(きっとシャーロット様も私と同じように治療方法を模索したのでしょうね)
蔵書の呪いに関する書物には、メモ書きが残されていたり、栞が挟まれたりしていた。
きっとシャーロットが残したものだ。エリスも記述に目を通してみたが、その大半は根拠の乏しいものが多かった。
(朝ごはんに卵を食べたらいいとか、汗を流せば治るとか、信憑性の薄いものばかりですね)
呪いは症例が少ないため、研究が進んでいない。そのため、藁にもすがる気持ちで試行錯誤された結果、このような根拠のない治療法が生まれたのだ。前世でも癌を治す水が流行ったことがあるが、その気持ちが痛いほどに理解できた。
(公爵家の財力と人脈がありながら、治療法の手がかりさえ得られていないのですから。高名な薬師に頼るといった正攻法での解決は難しいでしょうね)
エリスはヒントを探るために、前世で見たホラー映画について思い出す。盛り塩や護符、そして巫女の祈りで幽霊に対抗し、呪いを打ち破る物語だった。
(塩や護符はともかく巫女の力なら……)
この世界には魔術という超常の力がある。呪いを解く魔術を扱える巫女がいても不思議ではない。
(最も巫女に近しい存在は、この本に登場する聖女でしょうか……)
手に取ったのは治療法に関する書物ではない。神話やファンタジーに分類される内容だった。
タイトルは『聖女の伝説』。数百年前、回復魔術で世界を救った英雄の物語だ。
当時、世界では流行り病によって、人口が半減する自体に陥っていた。薬も効かず、免疫力が低い者であれば、ほぼ確実に死に至るほどの猛威を振るっていた。
だがその病を沈めた者がいた。それこそが聖女である。
聖女は回復魔術であらゆる病を治療し、四肢が欠けても修復した。さらにその奇跡の力は呪いさえも消し去ったという。
その偉業を人々は崇め、信者たちが後に教会という大組織を生み出した。世界中から讃えられた女性、それこそが聖女だった。
(英雄譚は誇張されるのが常ですが、この物語が嘘でないなら可能性はあります)
聖女の実在は多数の書物で引用されている。もし彼女の回復魔術が伝説の通りなら、呪いを解く可能性はエリス自身にあった。
(もし私が聖女と同じ回復魔術を使えたなら……)
聖女とエリスには共通点が多い。回復魔術の使い手であるし、聖女の聖痕と同じく手の甲に痣が刻まれている。
だが唯一、大きな差がある。それは魔力だ。
聖女は膨大な魔力の保有者だった。対して、エリスの魔力はゼロ。これで聖女を名乗るのは無理がある。
(でも、問題解決の糸口は掴めましたね)
エリスに膨大な魔力が宿れば、回復魔術でアルフレッドの呪いを解けるかもしれない。
(今までの私は魔力を得ることを諦めていました。でも……大切な人の為なら頑張れます)
魔力は身長と似ている。早熟なものなら五歳から目覚め、時間経過と共に自然と魔力量が増えていく。
だが牛乳を飲んで、身長を伸ばすための努力が可能なように、人為的に魔力の目覚めを早めたり、増加量を増やしたりすることも不可能ではない。
もっとも身長と同じく、生まれ持った素質と比べると、努力の影響は微々たるものだ。だが何もやらないよりはマシだ。
(自然に魔力が目覚めるのを待つのはもう止めです)
一日でも早く魔力に目覚める努力をするべく立ち上がる。大切な人のため、エリスは頑張ることを決意するのだった。
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