第6話 あやまち連鎖
ダンジョンに入ると、すぐにカメラを構えた灰色髪の木下さんが片手を上げた。
坂本さんは横でインタビュー中のようなので会釈して少し待つと、別方向から金髪もとい佐々木さん。
「大月さん、おはっす」
「おはようございます。もうやってるんですか」
まだ朝9時だ。昨日は遅くまで話したのに。これを毎日やっているとしたら配信者はとんでもないブラックなのでは。
おいでおいでと招かれ、魔法陣へ向かいながら話す。
「昨日カード作って今日朝から入るって新人さんもいるんすよ。ふたりずつ休憩しながらずっとやってるっす」
指を差すのでそちらを見てみれば、スマホを構えた葛西さんが座って手を振っていた。黒髪の魔法使いだ。
魔法陣の前で立ち止まると視界に用途が出た。〈パーティ編成用 最大6名〉
「まずはパーティ組むっす」
気軽に魔法陣に乗った佐々木さんに続いて俺も乗る。
視界にパーティの名前やドロップの配分、リーダーやメンバーの名前などが出る。
パーティ招待を承認する。
ちなみに配分はゴールド等分、アイテムと魔石はランダムだ。距離が離れすぎているともらえない。
「そんで転移魔法陣はあっちっす」
「助かります」
こちらにスマホを向けてきたのでチャンスと思って頭を下げる。
これを考えると、カメラを使い慣れた配信者以外とパーティを組むのは諦めた方がいいかもしれない。
魔物と一緒に俺も攻撃される事故がありそうだし。
「いやいやこっちこそ。ほんと時々でもパーティの話受けてくれて助かったんすよ。オレら長いこと10層で行き詰まってんす」
転移魔法陣に乗ると5層へ転移するか確認が出た。了承する。
魔法使いのいる4人でも行き詰まるのか。いきなり10層ボスソロ討伐は無理だろう。
5層のボスは一緒に行く予定だが、10層はまだだ。
「10層ボスに挑むときも、もしよかったら声かけて下さい。送ってくれてありがとうございました」
「やった。ぜひお願いするっす! がんばってもうひとり見つけないと!」
意気込んで1層に帰っていった。
5層にあるセーフエリアは激混み。部屋のサイズはゲートルームの半分くらいなのに、人数はこちらの方が多そうだ。テントも多い。
そそくさと通路へ。
カメラが追ってきているので走る。そう何度もインタビューに時間を取られたくない。
そのままマップ埋めを開始。
魔物と戦えたのは、半分近くもマップを埋めてからだった。
一撃で終了。
昨日草食恐竜モドキを倒してから、あきらかに強くなった実感がある。一気に4つもレベルが上がったからだろう。
しかし混みすぎ。殺伐としているし。
日曜の朝なのだからもっと寝ていて欲しい。俺と同じでみんな貧乏なのかもしれないが。
4層への魔法陣を見つけたのでそのまま転移してしまう。
混んでいて魔物や宝箱にありつけないくらいなら4層の方がマシだろう。
正解だ。すいている。というか歩いてみても誰もいない。おそらくドロップ品の価値の差が大きい。
5層では武器がドロップした。よくわからない素材の棍棒が。
5層はゴブリンみたいな魔物なのだ。近くで見ると気持ちが悪かったので、サクッと目から頭に穂先を突きこんだ。宇宙人グレイみたいな目だった。
4層の魔物は狼だ。サクッと突き刺す。俺の前では走りも吠えもしないのだから楽なもの。
通路の突きあたりでようやく目当てのものを見つけた。
宝箱だ。木箱なので期待はせずにあける。
閉めたくなった。
あれだ。リッサが振っていた紙箱。虚しいからやめていただきたい。
やけくそ気味に走り回り、狼に八つ当たりし、マップを埋めていく。
宝箱から醤油。イラッと。
狼は牙をドロップする。あまり売れそうにない。レベルも上がらない。
ふと、なにか聞こえた気がして立ち止まる。
気のせいかと歩き出したとき、また聞こえた。
狼の声なのか、人の声なのかわからないほど遠い。耳を済ませながら向かう。たぶんこっちくらいの感覚で。
「いやああああ!」
走り出す。
今度ははっきりわかった。女性の悲鳴だ。まさかダンジョン内でまで聞くことになるとは。
槍をしまい、筋力強化を意識して全力で走る。
「やめてえ! いやああああ――」
耳を塞ぎたくなるほど悲痛な、なりふり構わない悲鳴。
狼の吠え声らしきものも一瞬聞こえたがすぐに消えた。
最初に目に飛び込んできたのは、汚いケツ。
そいつの頭の両側に、天井を向いた細い脚。
5人か。多いな。
弓に矢をつがえる。
「いい加減諦めろっつーの! おい、腰おさえろ」
「しょうがねぇな」
笑いを含んだ声が耳に障る。
ひとりだけフル装備で立っており、下を向いていたそいつの顔がこちらを向く。
見た瞬間、矢を放っていた。
笑顔だったから。心底楽しそうな笑顔だった。
こんなやつ、魔物となにが違うのか。
深々と左目に矢が突き立ち倒れる男。
ドサッと音が鳴ったことで急に静かになった。
「……は?」
2本目をつがえはしたが、俺も動けなくなった。自分がなにをしたのか理解して。
親の泣き顔と怒った顔を思い出す。
静寂を破ったのは、甲高い叫び。
「っああああああ!」
「ぎゃっ」
ケツ丸出し男が倒れ、裸の女の子が壁際まで転がっていく。
女の子が拘束を振りほどいて金的蹴りをかまし、転がって逃げたのだ。
この状況ですごい子だ。火事場の馬鹿力かもしれないが。
覚悟を決めて証拠隠滅を図る。
矢継ぎ早に射た4本の矢は、1本も外れなかった。
終わっても女の子は壁を向いたまま、頭を抱えている。
まさかこのまま放置するわけにはいかない。
重い足を引きずるように、隠滅しなければならない証拠に近づく。
汚いケツにスニーカーのつま先をあて、インベントリにしまう。入ることは知っていた。死体遺棄問題のネットニュースで知った。
知らないことも起こった。
目の前に腕輪が浮かび、パンッと壊れるように消えたのだ。
視界にドロップログ。
嫌なシステムだ。
つい見てしまったログの文字。胸クソの悪いそれを頭から追い出そうと無理矢理動く。
5 つ目をインベントリにしまったとき、カランと腕輪が転がった。
5つ目の腕輪は消えたのに、もうひとつ?
転がった腕輪は白地にピンク。
頭を抱えた女の子の腕には、腕輪がない。どうやって奪ったのか。本人しか扱えないはず。
「……ここに腕輪を置くから、身支度を」
無理に喋ったら吐き気が込み上げてきた。
なんとかこらえ、背を向けて歩き出す。ここは突き当りだ。分かれ道で狼を警戒しておけばいいだろう。
「ま、待って下さい! 行かないで、お願い! お願いします!」
「……置いて行かないから、落ち着いて」
言ってその場で腰をおろす。
「あ、ありがとうございます」
なんだか聞き覚えのあるありがとうだな。ぼんやりとそう思った。
「……お、終わりました。あのっ」
振り返ると見覚えのある顔。昨日ひったくりにあっていた子だ。
「あ……」
向こうも気づいたらしい。
「また助けていただいて、ありがとうございます。本当に、助かりました」
ペラペラのワンピースを着ている。状況的に破られて着るものがなくなったのだろう。
とりあえず普通に喋れるまで回復したようでよかった。
腕輪も使えたようだ。カーディガンで見えないが、自分の服を出せたのだから腕についているのだろう。
「……腕輪、どうやって奪われたんだ?」
「腕輪は、スキルだと思います。何度も腕を引っ張られて、成功しないと悪態をついていたので……」
そんなスキルがあったのか。
「……あの、お願いが……とても厚かましいお願いなんですけど……」
泣き腫らした赤い顔。声は尻すぼみになり、しかし意を決したように続ける。
「もう、行くところがなくて。昨日はなんとかダンジョンで寝られたんですけど……」
女の子がダンジョンで寝るって正気か。パーティならわかるが。いやセーフエリアなら……さっきの事態はセーフエリアで寝ていたことが原因か?
けど、俺の部屋もおなじだ。ひとり暮らしだから。うちの親の家は遠い。ダンジョン門のない小さな町で暮らしている。金もないし。
「……期待にそえなくて悪い」
「っ……いえ、ありがとうございました。すみませんおかしなことを言って。忘れて下さい」
早口でそんなことを言われると、なんとかしたくなる。
「親はいない?」
「……親権者は、生存しています」
急に表情が消えた。
「いままでは、どうしてたんだ?」
なんとか無理矢理聞き出していく。
ポツポツと出てくる言葉をつなぎ合わせると、最後の味方である義理の姉が嫁いでいったため、身寄りが強姦魔しかいなくなったといったところだ。
どこもかしこも胸クソの悪い話ばかり。悪態をついて暴れたい気持ちを抑える。
これも世代あるあるで、母子家庭が多い。再婚も。うちもだが、親父は血の繋がりは関係ないと言い、俺も同意した。俺はたぶん恵まれている。
解決策が見つからない。
「……俺の部屋使うか。俺がダンジョンで寝る」
とにかく助けたい。この子はほとんど唯一、俺を見失わない。後ろから声をかけてきたのだ。カメラなしで。
「……え? どうしてダンジョンで寝るんです?」
「……?」
なぜか伝わらない。
ここから長いこと、噛み合わない会話が続いた。
やがて口論じみた譲り合いになり、狼が出て瞬殺し、ここで交代で寝る結論に至りかける。
思えばこのとき、ふたりともまったく冷静ではなかった。冷静ならもっと簡単な結論が出たはずなのだ。
俺のインベントリの中から現金を探すだけでよかった。そうすれば彼女は宿に泊まれるのだから。
無意識にフタをしていた。
そんなはずはないのに、腕輪のある左腕が重い。
話しているうちに、どんどんわからなくなる。自分を見失っていく。
インベントリには、いったいなにが入っているのか。
初めて人を殺したこの日、俺は初めてキレた。
狼を屠ったばかりの槍を振り回し、叫ぶ。
「ならもう俺の女になれよ!」
「はい、なります! よろしくお願いします!」
予想外のこたえ。
「……?」
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