第5話 配信者
嬉々としてあけた宝箱のなかには、ポンプボトルが入っていた。
「全身洗浄料」と書かれたポンプボトル。うちにあるやつにそっくり。
ポーションがよかった。
もう21時近い。
もと来た道を戻ることにする。
4層への転移魔法陣はまだ見つかっていないのだ。
いきなりパーティを組む人の気持ちが少しわかった。5層転移便利。
何事もなく1層。
歩きながら戦利品をエコバッグに詰める。インベントリに入れていた財布やスマホも忘れずポケットへ。
ゲートの闇が見え、自衛隊員の横を通るとホッとした。
昼間に比べるとだいぶ人は減っている。
なぜかダンシミュの主題歌が聴こえる。あまり音楽は聞かないが耳に残るカッコいい曲だ。
ここで流す意味はまったくわからない。配信者はいろいろやってるな。
「ま、待って下さい! すみません少しいいでしょうか!?」
大きな叫び声に思わず振り返る。ゲートをくぐる直前だった。
あわてて走ってきたのは、カメラを構えた赤茶色の髪の男だ。こちらを向いている気がする。
あたりを見回しても俺しかいない。
どういうことだ。
「あ、あの、お時間取らせませんので!」
どう考えても俺に言っている様子。
そうこうするうちに取り囲まれた。スマホを構えた男が3人追加で走ってきたのだ。
なにこの状況。
「えー、僕たち、さかさきチャンネルと申します。突然すみません。簡単なインタビューをさせていただきたいのですが、ライブ配信を始めてもいいでしょうか?」
「……」
さかさきチャンネルは知っている。初心者向けのダンジョン攻略動画も上げており、お世話になった。
まあいいか。動画配信はやたらとあるから悪目立ちすることもないだろうし、どうやって俺に気づいたのか気になる。
「どうぞ」
「ありがとうございます!」
やたらと通る声だ。
無言の連携でカメラを交代しながら4人が自己紹介をする。俺とカメラに向けて。
「えー、新人さんとお見受けしますが、おいくつでしょうか?」
「18です」
赤茶色がマイクを向けてくる。
こんなことをやって見る人がいるのだろうか。
「俗に言うプログラム一期生でしょうか?」
「それです」
ダンジョン魔物対策支援プログラムのことだろう。俺たちはそれで5歳から槍を習った。
金髪が赤茶色からマイクを奪う。
4人の髪色がそれぞれ違う。
没個性なのが自分たちでわかっているのかもしれない。4人とも同じくらいの年齢と体型なのだ。20代半ばくらいで、背は俺よりわずかに低い程度。
「羨ましい! オレも受けたかったんすよ。槍術スキルあるんすか?」
「ある」
ちょっと帰りたくなって来た。テンションについていけない。
「おお! オレたち4人パーティなんす。まだふたり入れるんすけど、なかなか見つからなくて。一緒にどうっすか!?」
「……」
インタビューにかこつけた勧誘だったのか。
……意外といいかもしれない。
なんでって、まず男しかいないので、そちらにばかり魔物がいって怪我をしてもあまり心が傷まない。
ある程度視聴者のいる配信者なので、トラブルの可能性が低い。少なくともカメラが回っているときに揉めはしないだろう。
なにより彼らは俺をちゃんと認識している。
4人の行動を見て認識阻害の効果はカメラを通すと緩くなるか、なくなるのではないかと思った。
そうでないなら4人が4人とも配信前から画面ごしに見ていた理由がわからない。
俺が黙るといっせいにスマホを向けてくる。いっそ面白くなってきた。
思い返せば両親も撮影が好きだった。親バカではなかったのか。
「まず試しでもいいっす! 時々でも!」
考えていたら譲歩してきた。ますます悪くない。ずっとパーティで行動していたらリッサには会えない。しかし時々ならメリットの方が多そうだ。あとは……。
「鑑定あります?」
「あ、自分ありますよ〜」
黒髪が、金髪のもつマイクに向かって答えた。
「大月です。まず試しで、よろしくお願いします」
そう言うと一気に沸き立った。はしゃぎまわる男4人。金髪がやたらと肩を叩いてくる。落ち着けよと言いたい。
槍術しか教えていないのになぜこんなに喜ぶんだろうか。
よろしくと口々に挨拶された。
「それで、大月さん! さっきからそれ気になってたんですけど、なんの骨なんでしょう!?」
「……プチブラキオサウルス?」
赤茶色に指さされたのは、エコバッグからはみ出したドロップ品だ。
草食恐竜モドキからは、魔石とゴールドのほかにデカい骨が4本もドロップした。そのうちの1本を外で売ってみようと思って入れておいたのだ。
3本はリッサに確認してからだ。ホーンラビットのツノも外用とリッサ用にわけた。
「見たことも聞いたこともないですね〜」
そう言ったのは黒髪鑑定もち。
「どこで出たんしょう?」
「あ、そいつと戦って足怪我したんすか?」
金髪が心配そうに確認している。服、やぶれて血がついているからな。魔物は血をださない。
「3層です。足はそう、尻尾が長くて。けどもう治ってます」
イレギュラーっぽいとまた沸き立つ。
なぜか売るところを配信したいと言い出し、一緒にダンジョンを出た。
早く売りたかったのでちょうどよかった。
「お待たせしました。全部で5300円となりますがよろしいですか?」
局員が内訳の書かれた紙を見せてくる。
骨だけで2000円。魔石はグラム表記で2800円、ホーンラビットのツノはひとつ100円。
これは実は半額だ。税金、運営費、管理費、防衛費とやらで半分抜かれている。
それはまあ仕方がない。ダンジョンから魔物があふれるよりマシだ。
最初に魔物があふれて以来、1度も魔物があふれたことはない。日本では。
島国で国境問題がないことが主な理由と言われている。
海の上にダンジョン門はないが、国境をまたいでいるものはあるらしい。
だが実際のところ、ちゃんと間引けているのは20層までだとか。
たとえば21層の魔物が飽和すると、20層に21層の魔物が出現するようになる。何層まであるかはわかっていないが、おそらく深層は大変なことになっているはず。
ひと握りの強者がそれをせき止めている。
そこまで行けるかわからないが、払う側からもらう側にまわりたい。
「すごいすごい! 3層で5300円っすよ! 初日で!!」
「ブラキオサウルスの魔石も大きかったからここまで伸びたんでしょうね!」
さかさきチャンネル、なぜかパーティ名もさかさきチャンネルは、主に金髪と赤茶色が喋る。
黒髪はたまに、灰色髪はほとんどカメラに徹している。
そして挨拶を求められ、配信は終了した。
苦笑する局員に手続きを頼み、今日の稼ぎを受け取る。登録した口座に振り込んでもらうこともできるが手数料がかかるため現金を選択。
「お疲れ様でした。いや、大月さん。ありがとうございました。お陰様で同接5000行きました」
はしゃいでいた赤茶色もとい坂本さんが唐突に落ち着いて話しだす。
「それで、もしよかったらなんですが、お互いのスキルをある程度教え合いませんか?」
なぜか身構えた上の低姿勢。金髪のほうからは生唾を飲むような音。ほかふたりも神妙にしている。
一時的にでもパーティを組むなら当然だと思うのは俺だけか。
「……もちろん。お願いします」
テーブルスペースに促され、思い出せる限りスキルを教える。称号や固有スキルは黙っておく。
「やっぱ認識阻害もあるんすね。めずらしい。配信でどこまで言っちゃっていいっすか?」
どうやらこれが本題だったよう。
この人たちは、予想できていたのにあえて配信中には聞かないようにしてくれたのだ。
髪色や口調でひとを判断してはならない。
べつに隠す必要性は感じない。
というか、仮にめちゃくちゃ配信で目立ってもなんらデメリットがない気がする。どうせ俺は影が薄い。
「全部言ってかまいません」
「やった。あざっす」
一緒に狩りに行くのは、ゴールデンウィーク最終日の振替休日ということになった。いまのところボス含む5層予定。
なんだか、あらかじめ予告してある配信をしたり、準備をしたり、配信予告をしたりするらしい。結構大変な仕事のようだ。
こちらとしてもありがたい。4人は革の防具をつけている。俺もそのくらい準備したいところ。そう言うと、なんと明日の朝5層まで連れて行ってもらえることになった。ますますありがたい。
時間を決め、連絡先を交換して帰路につく。
道中、襲われている女性を助けた。
血を流し、泣きながら逃げていくのを見送る。思わずキレそうになって犯人を余分に蹴りつけたが、こちらも逃げて行った。
男の悲鳴はスルー。悪いが全部は助けられない。鍛えてくれ。
長い1日だった。
最後に嫌なものを見たからか、やけに疲れたな。
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