第37話 ただいま

 授与式を終えて、俺たちはパルザン地方へと戻ってきた。

 ――まあ、だからといってこれからの生活が大きく変わることもない。

 今まで通り、穏やかでのんびりとした日々を過ごすだけだ。


 この日、ロミーナはイルデさんとの鍛錬をお休みしてガナス村近くにある湖へピクニックに来ていた。病み上がりだからというイルデさんからの配慮だったが、ロミーナ自身はとても残念がっていた。


「あーあ、この前のモンスターとの戦いぶりを話したかったのに」

「帰ってくる時に馬車の中でたくさん語っていたじゃないか」

「そうだったっけ?」


 ちょっと前にやってからすっかりハマった釣りの準備をしつつ、そんな他愛もない話に花を咲かせる。

 俺たちの後ろではメイドさんたちとパウリーネさんが昼食の準備に取りかかっていた。昼食のメイン食材は俺たちの釣り上げた魚ということになっているのだが、必ず釣れるとも限らないので予備の食材はすでに準備済み。


 ちなみに、パウリーネさんは火を起こすのに使う薪を集めている。

 最初は調理の手伝いをしようとしていたが、メイドさんたちから軒並み「却下」を食らって今の仕事に落ち着いた。本人はちょっとしょげているが、話を聞いてみると、どうも料理のセンスは壊滅的らしい。


 ただ、パウリーネさんは将来的に結婚をしたいという願望があるようで、密かにメイドさんたちから家事全般の指導を受けているという。涙ぐましい努力だ。


 それはともかく、準備が整ったので、俺とロミーナは早速釣りを開始。

 前回でコツを掴んだロミーナはスタートから爆釣。

 これならば全員分足りるなと思っていたら、


「あれ?」


 ふと視線の先にとある人物の姿が飛び込んでくる。


「ライナンさん?」


 この村に移住した商人のライナンさんだ。

 原作【ブレイブ・クエスト】では主人公たちを助ける頼もしいキャラだが、今の彼はまだ駆けだしの新人商人。自分で商会を立ち上げたようだが、原作のような巨大組織となるにはまだ数年を要するだろう。


 ……というか、こんな辺境の領地で大丈夫なのだろうか。

 商才はあると思うから、さらに大きくはしていくはず。


 ――で、そのライナンさんがどうしてこの湖に?

 疑問を抱いていると、不意に目が合った。


「おや、アズベル様にロミーナ様」


 笑顔でこちらへやってくるライナンさんだけど、なんだかいつもと比べて元気がないように映った。普段はもっとこうハツラツとしているのに、消えかけのロウソクみたいな頼りなさがある。


 商人として才能あふれる彼が、どうしてそこまで落ち込んでいるのか。

 釣りにも集中していきたいところだけど……さすがにライナンさんを放っておくわけにはいかないよな。

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