第7話 領地の危機

 突如現れたボロボロの男性。

 うまく言葉を発せられていないが、とりあえず生きてはいるようだ。

 こういった状況に慣れているらしいパウリーネさんが手際よく対応してくれたおかげで、男性はなんとか助かりそうではあるが……一体何があったっていうんだ?


「この森から出てきたよな……」


 男性が出てきた森へと視線を移す――と、何か黒い影のようなものが。

 あれは一体何なんだ?

 気になった俺は気がつくと駆けだしていた。


「っ! 危険です! お戻りください、アズベル様!」

「すぐに戻ってくるから心配しないで!」


 パウリーネさんの制止を振り切って、俺は森の中へと入っていく。

 本当に、中の様子をちょっと確認するだけで戻るつもりだったのだが……あまりにも迂闊だった。


《そいつ》は森へ入ってすぐに姿を見せる。


 気がついたのは、周囲が突然暗くなったから。

 背の高い木々に囲まれているとはいえ、雲ひとつない晴天の影響から木漏れ日が差し込んでいて明るかった――はずなのだが、急に曇りだしたのかと錯覚するくらい辺りから光が消えたのだ。


 原因を知ろうと顔を上げた時、俺は血の気が引いて卒倒しそうになるのをなんとか踏みとどまった。


 頭上にはこれまで見たことがないサイズの超巨大なクモが俺を狙っていた。

 体長は十メートル以上。

 全身は毒々しい紫色をしていて、たくさんの赤い目玉は怪しく光を放ちながら俺に向けられている。

 その特徴から、恐らくこいつはエンペラー・スパイダーと呼ばれるモンスターだろう。森を食らい尽くす悪魔という異名を持ち、こいつに睨まれたら最後、住処としている森から生き物と呼べる存在は消え失せるという。

 おまけに、長く巨大な足に生えている針のように硬い毛には猛毒が仕込まれていて、植物を片っ端から枯らしていくらしい。つまり、こいつがこのまま森に居座れば、パルザン地方の数少ない産業のひとつである林業は行えなくなってしまうのだ。


 そこまで状況を分析し終えたが、それを阻止するための手段を俺は持っていない。ヤツからすれば、エサが自ら転がり込んで来たって感覚だろう。

 腹ペコだったらしいエンペラー・スパイダーは、その巨体を俺へと近づけてきた。


「あっ――」


 やられる。

 そう絶望した直後だった。


「「んもおおおおおおおおおおおおお!」」


 物凄い勢いでダンとアンがエンペラー・スパイダー突っ込んできた。二頭はその勢いのままエンペラー・スパイダーの足に体当たりし、バランスを崩すことに成功。その隙に、俺はなんとか逃げ出すことに成功した。


「ダン! アン!」


 バッフルという動物は非常に忠誠心が高い。

 主人と認識しているウィドマーク家の人間を助けるため、身を挺して攻撃した――が、その代償は大きかった。

 二頭のうち、オスのダンが倒れる。

 どうやら体当たりした際に毒針が刺さってしまったようだ。彼らの体はもっふもふの体毛に覆われているのだが……当たり所が悪かったのか。


「ダン! しっかりするんだ!」


 心配そうにダンの顔を舐めるアンの横で、俺は必死に呼びかける。

 だが、その間にエンペラー・スパイダーは体勢を立て直して俺たちへ再び狙いを絞った。

 まずい。

 どうする?

 助けを呼ぶか?

 ロミーナの氷魔法ならヤツを一瞬で氷漬けにできるはず。


「…………」


 それはできない、と俺は無言のまま首を横へ振る。

 この状況を目の当たりにしたら、取り乱してまた氷魔法が暴走してしまうかもしれない――いや、これ絶対に暴走する。


 ここは自力でなんとかするしかない。

 パルザン地方を守るためにも――俺の生産魔法で窮地を乗り越える!





※次は18:00に投稿予定!

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