第3話 悪役女帝、再び

 いよいよロミーナがこのパルザン地方へとやってくる日となった。

 今日の昼にも到着する予定らしいので、午前中は魔法の鍛錬に注ぐ。


 それが終わると、俺は屋敷からすぐ近くにあるガナス村へと向かった。


「おぉ、アズベル様」

「いらっしゃいませ、アズベル様」

「こんにちは。今日もよろしくお願いします」


 俺はここで農作業を手伝っている。

 ガナス村は人口百人ほどの小さな村ではあるが、小麦や野菜といった農作物は王都にある食堂へも提供しているくらい有名だったりする。この辺りは土壌が豊かで気候も穏やかだからなぁ。農業をやるにはもってこいの環境だ。


「そういえば、アズベル様の婚約者様がいらっしゃるのは今日でしたね」

「うん。お昼頃には到着するって話だよ」

「なんでも公爵家のお嬢様だそうで……どんな御方です?」

「とってもいい子だよ。――うん。いい子だ」


 感情が高ぶると自動的に氷魔法が発動するという他の子にはないワンパクな特異体質を持っているが……まあ、それはイルデさんとの特訓でなんとか克服してもらうしかないな。


 村民たちとそんな話で盛り上がっていると、突然「ガギン!」という鈍い音が響き渡る。


「ああっ! くそっ!」


 何が起きたのかと周りを見回していたら、鍬を持った中年男性が頭を抱えていた。あの人は確か、ギニスさんだったか。


「ギニスさん、どうかしましたか?」

「アズベル様……いえ、耕していたら土の中に大きな石があったみたいで……」

「あぁ……見事に欠けちゃってますね」


 これでは鍬として使い物にならないな。

 新しい物を購入すれば手っ取り早いのだが、あいにくこのガナス村にはこの手の道具を扱う鍛冶屋はない。一番近い村でも半日かかるからな。移動に一日かけて依頼をした後、完成品を受け取りにいかなくてはいけないと手間も多い。


 ――だったら、生産魔法の出番だな。


「それを貸してください」

「えっ? 構いませんが……どうするんです?」

「修理するんですよ」


 そう告げて、俺は生産魔法を発動させる。

 目の前に出現した空間へ鍬を入れると、修復用の素材として欠ける原因となった大きめの石を放り込んだ。それから目を閉じて思い浮かべる。あの硬い石が分解し、鍬の欠けている部分を補う。それだけではなく、残った金属部分も強化するように――よし。これでいいはずだ。


 俺は目を開けて、前方へと手を掲げる。

 するとその方向から欠けた鍬が光に包まれて出現した。


「「「「「おおっ!」」」」」


 居合わせた村人たちは一斉に声をあげる。


「こんなところかな。――どうぞ、ギニスさん。さっきの石を素材として利用したので、頑丈さは増していると思います」

「あ、ありがとうございます!」


 綺麗に生まれ変わった鍬を見て、ギニスさんは感激していた。


「いやはや、相変わらず凄い魔法ですな」

「まさに鍛冶屋いらず」

「ワシらのような者たちからすれば炎や風を扱う魔法より、大切な農具をよみがえらせてくださるアズベル様の魔法の方がありがたいですよ」

「そうじゃのぅ。まさに神様じゃ」

「あはは、大袈裟ですよ」


 生産魔法の評判は上々だった。

 村人のひとりが言ってくれたように、戦闘と無縁なこの村にとってはド派手で破壊力のある魔法より、生活を助けてくれる工作や修繕といった効果を持つ俺の魔法の方が役に立つんだよな。鍛冶屋もいなかったようだし、まさに打ってつけってヤツだ。


 農作業を再開しようとしていたら、村人のひとりが「あれはなんだ?」と遠くを指さしながら叫んだ。


 その先には、数多くの馬車が屋敷の方へと向かっている光景が。


「どうやら、ロミーナが到着したみたいだ」

「えぇ。たった今到着したわ」

「うん。――えっ?」


 なぜかめちゃくちゃ近い距離からロミーナの声が聞こえる。

 幻聴かと思って振り返ると、そこには間違いなく俺の婚約者であるロミーナの姿が。

 村人たちもいきなりの登場に言葉を失うくらいビックリしている。

 ちなみに、ロミーナの傍らには近衛騎士のパウリーネさんが立っていた。


「ど、どうしてこっちに?」

「畑にいるみたいだったから、何をしているのか気になって」

「今は野菜の収穫をしていたんだよ」

「ほぉ……これは立派な」

 

 パウリーネさんは近くに置かれた篭に詰め込まれているジャガイモや玉ねぎを見て感心したように呟く。

 一方、生粋のお嬢様であるロミーナにとって収穫されたばかりの野菜というのは初めて見る物だったらしく、興味津々のようだ。


「書物を読んで知識としては持っていたけど、本当にお野菜って土の中にあるのね」

「この土地にはまだまだ収穫前の野菜がありますぞ」

「今後お屋敷に持っていきますので、ぜひ食べてみてください」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


 村人たちから声をかけられると、ロミーナは嬉しそうに答えた。

 それを眺めていたパウリーネさんはなんだか複雑そうな表情を浮かべている。


「……近いですね」

「おっしゃる通り、領主の屋敷の近くにこれだけ大きな畑がある場所なんて、国中でもパルザン地方だけでしょうね」

「そうではありません。村人と貴族との距離が、です」

「へっ?」


 まあ、公爵家令嬢を前にしても誰ひとりとして臆した様子はない。もちろん、相手が貴族ということで態度や言葉遣いは丁寧なものになっているが、パウリーネさんの話を聞く限り、ペンバートン家の領地ではこうもいかないらしい。


「あんな風に自然な笑顔を見られるなんて……もう不可能だと思っていました」


 しみじみと、何かを噛みしめるように語るパウリーネさん。

 ……ペンバートン家では、いろいろとあったんだな。

 特に問題視されるのがふたりの姉。

 父親の方はなんとかロミーナを救おうと奔走し、このド田舎に住む貧乏貴族であるウィドマーク家と婚約を交わし、こちらへ住まわせることに成功した。実際、パウリーネさんが笑顔を久しぶりに見たというくらいなので、その目論見は成功と言っていいだろう。


 さて、ロミーナも到着したことだし、一度屋敷へ戻ろうとした――まさにその時、


「おやおや、ようやくご到着されたようだね」


 またしても近くから女性の声が。

 これは――


「イルデさん!?」

「そんなに驚かなくてもいいじゃないか」


 箒に跨り、空から舞い降りるといういかにも魔女っぽい登場をしたイルデさん。相変わらず酒臭いな、この人は。


「アズベル様……誰ですか、この酔っぱらいは?」


 アルコールの臭いが苦手らしいパウリーネさんは指先で鼻を摘まみながら俺に尋ねる。


「こちらはイルデガルドさんと言って、このパルザン地方に住んでいる魔女です」

「魔女? もしや、ロミーナお嬢様に魔法を教えるというのは――」

「あたしだよ」

「…………」


 ドン引きしているパウリーネさん。

 言いたいことは分かるけど、イルデさんの実力は本物だ。

 属性診断の儀式を通さずに俺が生産魔法使いに向いていると見抜くし、何より原作の【ブレイブ・クエスト】では後に大物となって登場するのだから。


 とりあえず、イルデさんは優れた魔女である説明するも、パウリーネさんは終始懐疑的な姿勢であった。


 すると、このままでは埒が明かないと感じたイルデさんからある提案が。


「そこまで疑うなら結果で示そうじゃないか。――これからすぐにお屋敷で魔法の特訓といこう」

「……いいでしょう。ただし、進展が見られない場合は指導者を交代していただく」

「構わないよ」


 あ、あれ?

 なんか不穏な空気が流れてきたぞ?




※次は17:00に投稿予定!

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