第2話 この世界で出来ること

 俺は前世で遊びまくった【ブレイブ・クエスト】というゲームの世界に転生し、そこで推しキャラでもある氷結女帝ことロミーナ・ペンバートンの婚約者となった。

 将来、主人公たちに倒される運命にある俺たちだが、それを回避するためにロミーナの闇堕ちを阻止しないと。

 そのためには俺自身の実力を把握しておく必要があるな。



 ロミーナがこちらへと移り住む準備が整うまであと二日はかかると、ペンバートン家からの使いがわざわざ伝えに来てくれた。

 ちなみに、ペンバートン家にはロミーナの姉があとふたりいる。

 どちらも将来性抜群の美少女――というのが、ゲーム内での説明であった。

 しかし、どうもこのふたりの姉とロミーナの折り合いが悪いらしいとメイドのスザンナが教えてくれた。

 最初は眉唾物だと思っていたが、父上にそれとなく尋ねてみるとカリング様もそこを危惧していたという。


 父親としては三人とも可愛い愛娘。

 ただ、ロミーナはその常人離れした魔力量のせいで暴走することが多く、なかなか縁談がまとまらなかった。ふたりの姉妹はその余波が自分たちの生活にも影響を及ぼすのではないかと恐れている節があるみたいだ。

 カリング様がパルザン地方での生活を認めたのも、そうした裏事情があるっぽいな。


 たぶんだけど、これがゲーム内でロミーナが闇堕ちする原因のひとつ――つまり、家族仲の悪化だろう。


 これについては俺としても手出しができない。

 そもそも、まだ会ったことすらないからな。

 

 ……でも、彼女が姉たちのことで傷ついているというなら、こっちでの生活でそれを少しでも癒してあげられたらと思う。


 さて、彼女がこちらへと移り住む前にしておきたいことがある。

 それは俺の実力測定。

 原作【ブレイブ・クエスト】では立ち絵すらないモブ中のモブだったわけだけど、一応あの氷結女帝の夫として悪事に絡んでいるらしいからそれなりの実力はある――というのは願望であって、実際はまったくの未知数だ。


 というわけで、自分の可能性を知るために今日も屋敷の庭で魔法の特訓に挑むのだが――


「うーん……」


 状況は芳しくなかった。

 火、水、風、雷、地の五大属性に関する基礎魔法を習得しようと魔導書を読み漁って実践しようとするがまったく成功しないのだ。


「頑張ってください、アズベル様!」

「うん。ありがとう、スザンナ」


 洗濯物を干しに来たスザンナからの声援に応えつつ、俺は鍛錬を続ける。

 せめて、師匠的ポジションの人がいてくれたらいいのだけど、それも難しいかなぁ。

 でもやっぱり魔法を使うという前世では考えられなかったロマンを追い求め、魔力を高めようとする――と、


「あぁ、ダメダメ! なっちゃいないねぇ!」


 いきなりダメだしが飛んできた。

 しかも、聞いたことのない声だ。

 振り返って声の主を確認すると……やっぱり知らない人だった。


 年齢は二十台半ばくらいかな。

 紫髪に金色の瞳。

 顔立ちはめちゃくちゃ美人なんだけど、目の下のクマがひどい。寝不足か?

 女性はゆっくりとこちらへと近づいてくるが――


「酒臭っ!?」


 思わず口にだしてしまった。

 でも、それくらい酒臭いんだよなぁ、この人。


「おやおや、花も恥じらう齢二百越えの乙女に向かって臭いって発言は感心しないねぇ」


 齢二百って……もはや人間の寿命じゃないぞ。

 いや、酔っぱらいの戯言って線がないわけじゃないけど。

 その時、俺は女性の背後に父上がいることに気づく。


「ち、父上! この方は誰なんですか!?」

「前に言っただろう? ロミーナ様の魔力を制御する指南役としてお呼びした、魔女のイルデガルド殿だ」

「長いからイルデでいいよ。ヒック」

「ま、魔女?」


 この飲んだくれのお姉さんが魔女だって?

 おまけにイルデガルドって……あのイルデガルドか!?

【ブレイブ・クエスト】の中でも魔女という存在は確認できる。

中でも、イルデガルドという魔女は別格の強さを誇っていた。

 スポット参戦ですぐにパーティーを抜けてしまうのだが、まさかうちとかかわりがあったなんて……もしや裏設定?

 DLCの追加ストーリーだと本編で絡まなかったキャラが実はこんなところでつながりがあるんですって展開をよく見かけると、どうやらこの類っぽいな。


 ――しかし、これはチャンスだ。


 この人の実力自体は把握している。

 ロミーナが悪役として覚醒する八年後には、世界でも屈指の実力者として名が知れ渡っており、多忙を極めていた。この頃はまだ無名のようだから、教えを乞うなら今がチャンスだ。


「常時酒臭いところはあるが、腕はいい。近くの森に住み、ウィドマーク家の当主たちを助けてくれているんだ」

「そ、そんな人がいたなんて……」

「あの森は薬草がたくさん生えているからね。魔草薬を作るのにもっとも適しているのさ。いわゆる、持ちつ持たれつの関係ってヤツさ」


 なるほどね。

 魔法絡みのトラブルというのは起こり得るし、そういう役割を担う人物がいてもおかしくはない。

 うん?

 ロミーナの魔法制御の指南役というなら、俺も魔法を教えてもらえるんじゃないか?

 ちなみに、父上は仕事があるからと書斎へ戻っていった。


「イルデさん! 俺に魔法を教えてください! 実は、独学で会得しようとしているんですけど、うまくいかなくて」

「そりゃ構わないよ。試しに魔力を練ってみな」

「は、はい」


 まだ何もできないが、それでもイルデさんはやってみろという。

 素直に従って、普段やっているとおりに意識を集中して魔力を全身にまとう――と、


「こいつは驚いたねぇ……ここまで凄いのは見たことがないよ」

「えっ? そ、それはどういう意味で?」

「あんた――死ぬほど魔法の才能がないよ」

「…………」


 は?

 なんじゃそりゃ?

 

「つ、つまり……俺は魔法が扱えないと?」

「属性魔法は難しいだろうねぇ。センスがない」


 ズバッと一刀両断。

 マジかよ……魔法が使えるかもってウキウキしていたのに。


 ――待てよ。

 さっきの言い分だと……


「属性魔法以外なら俺にも扱えるんですか?」

「いいところに気がついたね。その通りさ。水や炎を自在に操る魔法は派手だし戦闘での貢献度は高い――が、それだけで魔法を分かった気になってもらっちゃ困るんだよねぇ」


 言われてみればそうだよな。

 自然界の力を借りる魔法以外にも種類はあるわけだし、そっちで輝ける才能があるかもしれない。


「ちなみに、どんな魔法属性なら俺に適していると思いますか?」

「あんたの場合は……生産魔法かねぇ」

「生産魔法!?」


 それって、素材を組み合わせていろいろと作りだせるヤツだ!

【ブレイブ・クエスト】の中では超便利魔法として重宝されており、生産魔法使いの強化次第で攻略の難易度が変わるとさえ言われている。

 うおぉ……テンション上がってきた!

 今後のことを考えたら、下手な属性魔法よりこっちの方が何かと便利だからな。


「おや、嬉しそうだね。生産魔法は地味で目立たないから嫌う者も多いが」

「だって、自分の魔法でいろいろと生みだせるって凄いじゃないですか!」

「なるほど……そういう見方もあるか。いいねぇ。あたしは好きだよぉ、あんたみたいな考え方」


 イルデさんもヤル気になってくれたところで、生産魔法の特訓を開始。

 まず、洗濯物を干し終えて屋敷へと戻ろうとしていたスザンナを呼び止めた。


「そこのお嬢ちゃん、ちょっと協力をしてくれないかい?」

「わ、私ですか?」

「最近何か困ったことを話しておくれ」

「こ、困ったこと……」


 いきなり話を振られて戸惑うスザンナ。

 まあ、無茶ぶりではあるんだけど、イルデさんがやろうとしていることは分かる。

 生産魔法でスザンナのお悩み解決をしようっていうのだろう。

 で、肝心の困ったことについてだが、


「そういえば、最近は暑くなってきたので食べ物がすぐに傷んでしまうのが悩みですね。おかげでメニューを変更しなくてはいけないケースもありますし。一応、氷は常備しているのですが、それも長持ちはしませんからね」

「ふむ。実にメイドらしい悩みだねぇ」


 確かに。

 前世ならば冷蔵庫に保管しておくのがベストなんだけど、こっちの世界にそんな家電なんてないしな。


「……そうだ」


 ふとアイディアが浮かび、俺はスザンナに氷を持ってきてもらうように告げ、その間に近くに落ちている石を拾い集める。


「氷と石で何を作る気だい?」

「ちょっとアイディアが浮かんだもので……完成してからのお楽しみですよ。それより、生産魔法の使い方なんですけど」

「まあ、あれは最初が肝心だからね。――今からあたしがやるように魔力を練ってみな。そうすれば次に何をすればいいか自然と分かるはずだ」

「はい」

 

 こちらで手に入る素材を集め終わると、俺はイルデさんの見様見真似で魔力を練り、質を高めていく。すると、目の前の空間に切れ目が出現した。


「これは……」


 一体何なのか皆目見当もつかないが……本能が訴えている。


「こいつに手を突っ込め」と。

 それに従って手を伸ばしてみると、割れ目が大きくなった。たとえるなら、チャック付きのカバンを開けたような感覚だ。


「その空間は魔法庫と呼ばれるもので、生産魔法使いにとって命とも言うべき存在さ」

「生産魔法使いの命……」

「ほれ、集めた石をそこへ入れてみな」

「は、はい」


 言われるがまま、俺は足元に転がる石を魔法庫の中へとしまっていく。

 ……なるほど。

 ここで素材同士を融合させ、自分のイメージ通りのアイテムを生産するというわけか。

 生産魔法の仕組みが分かったところで、ちょうどスザンナが氷を持ってきてくれた。

 しかし、ここだとさすがに持ち運びが大変だからと、俺たちは食材が置かれている調理場へと移動することにした。



 調理場へ着くと、早速仕上げに取りかかる。

 料理長のダーネルさんはは夕飯の仕込みを行っている最中で忙しなく動き回っているため、それを邪魔しないようにすみっこでスザンナから氷を受け取ると、それを魔法庫の中へと入れた。


「ほあぁ~……何もないところに物をしまえるなんて便利ですねぇ~」


 感心したように呟くスザンナだが、驚くのはこれからだ。

 俺は魔法庫の中に入っている石と氷を魔力で融合させていく。それを自分のイメージに合わせた形になるように……できた。これでイケるはずだ。


「よし。――出でよ!」


 俺がそう叫ぶと、光に包まれたアイテムが現れる。

 それは一見するとパンを焼いたりする石窯のようだ。


「えっと……これは?」


 自分の悩み事がこれで解決するとは思っていないスザンナに対し、俺は「それに触ってみてよ」と声をかけた。スザンナゆっくりと石窯に手を触れるとパッとすぐに離す。


「冷たい!? 信じられないくらい冷たいですよ、これ!?」

「なんと……」


 スザンナのリアクションを見たイルデさんも興味深げに触れて、その冷たさに驚いていた。


「名づけて冷蔵庫ってところですかね」


 前世の世界では当たり前のように使用されていた家電だが、こっちでは初めて見るものだろう。もちろん、電力なんてないから、この冷たさをキープしているのは魔力の効果だ。

 やがてふたりのハイテンションぶりに気づいた料理長のダーネルさんもやってきて、「こいつは凄ぇ!」と大絶賛。すぐさま調理場にある傷みやすい食材を冷蔵庫へとしまっていった。


「坊ちゃん、こいつは売れますよ! 量産したら世界中のキッチンに革命が起きますぜ!」

「ははは、大袈裟だよ、ダーネルさん」

「とんでもない! すぐに旦那様にもお知らせをしないと!」

「それはこっちでやっておくよ。それより、夕食の支度をしないといけないでしょ?」

「おっと、そうだった!」


 ドタバタと慌てながら、ダーネルさんは夕食づくりへと戻っていく。


 これが……生産魔法の力か。

 まだまだ素材はいろいろと種類があるし、応用次第でこの冷蔵庫のような、前世の世界で生活を助けてくれていたアイテムを生みだすこともできるだろう。


 ……ヤバいな。

 めっちゃテンション上がってきた。


 ダーネルさんの言葉を借りるけど、本当に革命でも起こせそうな気がしてきたよ。





※次は12:00に投稿予定!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る