どういう事ですの、国王陛下??
窓から目線を戻すとアイズがはて、と首を傾げていた。
「んで、閣下よぉ?本当に知らねえのか?」
「本当よ、ゲームというのもよくわからないですし、聞いたこともありません。」
はっきり言っておかないと、アイズにずっと疑われてしまう。彼は不確定だったり誤魔化しに聡い。今何とか誤魔化しても無駄なのだ。なら断言しておいた方が疑いの目は幾分か緩くなる。
「ふーん…まあいいや。そんで閣下、これからどうするんです?」
「ルーシェン家についてはほんのり探る程度でいいわ。勘づかれでもしたら面倒ですし、それ以外にやってほしい事があるもの。」
「やってほしい事?なんか調べることっすか?」
「そうよ。ティファーレ男爵家の金銭、物流について調べて欲しいの。出来れば男爵と令嬢の評判もね。」
「ティファーレ男爵家?あんまし聞かない名前っすね。新参者って訳じゃないんでしょう?古株なのにそんだけ調べないとまずいんすか?」
アイズがまた不思議そうにしている。彼の疑問も理解できる。古くから続く家は忠誠心が高く裏切る確率は低い。だが。
「だからよ。最初目立つようなことをしていない。なのに、金銭が異様に増えていたり、頻繁に物が出入りするとなればその取引相手はこの国ではないわ。」
この国は国内のやり取りを記録している。妙な増税や取り引き、借金を発見する為だ。また、外国とのやり取りは国内よりも厳重である。
「ほう…じゃあお相手さんが別の国だったりしたら裏切りってことなんすね。」
「ええ、それに古くから続く家は忠誠心は高いけれど不満も大きい。」
私は机の上に置いてある書類を見た。貴族からの意見文。位が高い貴族ほどこの意見文は増える。国王が目を通す前にある程度はこちらで捌いてしまうからだ。重要なものもあるが欲のままに書かれておりしょうもないものも多い。全て目を通していると負担が大きいのだ。
「こういう意見文の量も増える分、採用されるものも少なくなるわけですしね。」
一枚摘んではひらひらと揺らす。これもくだらないことが書かれていたので破棄となる。紙は貴重な為もったいないが、仕方ないのだ。
「んまあいいっすよ。閣下の仰せのままに。我ら宵闇は閣下の願いを叶え、国の膿をなくす為にいるんですから。」
「ありがとう。アイズも十分に休息を取るようになさいね。他の者にも伝えなさい。」
そう言って微笑むとアイズは「はっ」とだけ言い消えてしまった。私が消えたように見えただけできっと屋根裏に戻っただけなのだろうが。
部屋の灯りを消しベットへと入る。眠れる気がしないが、灯りの蝋燭を後で消すのは面倒だった。
◇
──数日後──
あれから何かある訳でもなく、婚約破棄に関しての発表がされることとなった。
王宮に呼び出されると、大勢の貴族がそこにいた。謁見の間に集う貴族たちは笑顔を浮かべているが、その腹の中に何を考えているのかわからない。
謁見の前、必要な挨拶はし終わっているのでゆっくりしていると、ある人たちが話しかけてくる。
「ご機嫌麗しゅう、太公閣下。」
「あら、ご機嫌よう、ルーシェン公爵、ルーシェン夫人。」
ルーシェン公爵家。娘はいないようだが、別で呼ばれているのだろう。上品に扇で口元を隠し微笑む夫人と、彼女に連れ添う公爵。仲睦まじく見えるがこの二人は喧嘩ばかりだと聞く。
政略結婚と聞いているが、貴族には結婚相手と合わず仲の悪いパターンは結構ある。二人もそのパターンなのだろう。
「先日は娘がお世話になりました。“王子の命”で動いた近衛兵を止められたとか。ふふ、あの子が無事でよかったですわ。」
夫人が笑みを絶やさず話しかけてくる。王子の命、ということを強調しているように思えたのは気のせいではないだろう。
ルーシェン嬢の話題より王子の暴挙を話題にしてきた。周りの貴族が聞き耳を立てていることをわかっているからの行動。あまり王家に、というより王子に不信感を抱かせてほしくないのだが。
私は好きではないが、あれでも後継ぎ。貴族からの信頼を得るのは大変なのに。
「ええ。甥のやったことですが未然に防げてよかったですわ。ルーシェン嬢は大丈夫ですの?あの後すぐに帰ってしまわれたので。そうです!今度お茶会を開催するのですがルーシェン嬢もお誘い致しましょう。」
無邪気そうに笑って見せよう。手を合わせ首を少し傾ける。
私は太公となったとはいえ王家と近しい人間だ。王子は別にいい、というか婚約破棄しておいて仲が良いというのは無理がある。だが王家とルーシェン嬢の不仲はまずい。国内有数の公爵家との仲は私の立場としても取り持っておきたいのだ。
「まぁ!それは是非ともご招待していただきたいですわ。太公閣下とお話しできれば、あの子の気分も晴れるでしょう。」
「では後日、招待状を送り致しますわ。お待ちしております。」
ここで会話が終わればいいのだが。隣にいるルーシェン公爵が何も発していないのが怖い。夫人が話したいと思ったから着いてきただけならいいが、それ以外なら早めに話題を切り出してほしい。
そう思っていると音楽が流れた。国王陛下が入場なされるようだ。ガヤガヤと会話に花を咲かせていた貴族達は静まり、深く礼をした。
「…皆、表をあげよ。」
国王陛下の凛とした声が響く。数日前、執務室で話した時とは違い国王の貫禄があった。
「先日、王子がパーティーで騒動を起こした。ルーシェン公爵令嬢との婚約に関してはこの場を以って解消とする。」
よく見れば謁見の間の端の方に向かい合って王子とルーシェン嬢がいた。王子の隣にはティファーレ嬢が何故かいる。少なくとも男爵令嬢が呼ばれる席ではない。強いて言うなら関係者席、というべきか。
ティファーレ嬢の目が輝いている。次に自分が王子との婚約が発表されると思っているのだろう。だがそんな甘い考えは打ち砕かれるのだ。
「ルーシェン嬢には多大なる迷惑をかけた。本当にすまない。」
謁見の間がざわりついた。国王が謝罪をする行為がどれだけ重いものかわかっているからだろう。流石ですわ、と私はくすくすと小さく笑みを溢した。
まぁ私はその次の言葉で固まることになるのだが。
「王子とティファーレ男爵令嬢の婚約は保留とする。また、王子とティファーレ男爵令嬢は貴族としての責務を学ぶ為、我が妹であり太公であるクロリス・アルカディアの元で生活することとする。期限は問わない。彼らの貴族としての自覚が沸くまでである。」
「……は??」
思わず漏れた言葉。数人の貴族も唖然としている。王子たちは声にならない悲鳴をあげているように見えた。
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