宵闇とルーシェン嬢の秘密。

 

 私の弟は他国へと婿入りした。未だ男尊女卑が根付く世界、本来なら女である私が最優先されるもの。

 だが、相手方が求めているのが男であること、人質という意義のほうが大きかったこと、この国が私を手放そうとしなかったこと。これらの理由から彼が結婚することになったのだ。

 幸い奥方との仲は良好で子供も生まれた。こちらとも仲がいい。出産の知らせを聞いた時は嬉しい限りだったのを鮮明に覚えている。



「…もし、また戦争が起きるようであれば。」



 レイの言葉がふと頭に響いた。一気に思考が戻される。



「「戦争にはさせない」わ」



 珍しく私と兄の声が揃った。兄も戦争は快く思っていないよう。

 でも、ティファーレ男爵家がしていることが明るみになり、もし横流ししている国が敵国であった場合、戦争になる可能性は高い。



「大丈夫よ。この国も国民も私が愛した民だから。陛下もいるし、頭は少々足りていないけれど剣の腕は殿下も一流なのよ。」


「息子に関しては余計だが…そうだぞ。」



 レイの不安はよくわかった。だって、昔弟に同じことを言われたから。

 やっぱり似ているわ、と思いながらレイを見た。レイの薄い水色の髪、金色の双眸。色彩は違う。けど流れている血は弟とも私とも兄とも繋がっている。



「そろそろお暇しましょうか。夜遅くですし、陛下にも迷惑でしょう」


「だな。婚約破棄騒動に関しての処分はこちらで決定する。近々呼び出すことになるだろう。調査は宵闇が担当する。いいな?」


「ええ。構いませんわ。ただし、息子だといい甘い処分を与えるのは辞めてくださいませ。」


「わかっている。あれでも王子だ。自分で言い出したことの責任はとらせるつもりだからな。」



 信用はないが信頼はできる。陛下あにはそういう人だ。私は微笑むとドレスの裾を摘みカテーシをした。レイも私に倣い礼をする。



「それでは、国王陛下。」




 ◇



 暗い王宮内から出て馬車へと乗り込み屋敷へと帰る。


 パーティーが終わったのに一向に帰って来なかったのは少し悪かった。使用人達に心配させてしまったようだ。申し訳ないと思いながら寝る支度をしてもらった。


 湯浴みを済ませて部屋に一人。背もたれに寄りかかると、瞼を閉じた。

 今宵、起きたことは情報量が多い。王子の暴挙もそうだがティファーレ嬢の件、それにルーシェン嬢のあの発言。「ヒロイン」という言葉はティファーレ嬢を指したものだとわかるが、何故彼女を指すのかわからない。



「ふぅ…面倒なことになったわね。もうこりごりよ、巻き込まれるのは」



 独り言。でも誰かに聞かれている。

 瞼をあげるとそこには一人の男が立っている。執事の格好ではない、装飾の少なく黒に近い格好。目立たないようにされているのに、耳には黒曜石が黒々と輝いていた。



「勝手に乙女の部屋に入るものではなくってよ、アイズ。」


「太公閣下が乙女?はて、か弱い令嬢とはほど遠い女性しか俺は知りませんぞ。」


「…喧嘩を売っているという認識でいいわよね?給料を下げますよ。」



 口の悪いこと。主人に対しての言い分とは思えないがいつもよりは棘が弱いので配慮はされているのだろう。だが、乙女ではないと言われるのは腹が立つ。私は22歳。まだ若いのだ、結婚はしていなくとも。



「うおえっ!?そりゃないっすよ!せっかくルーシェン公爵家に潜入して閣下の欲しがりそうな情報を持ってきたのに〜」


「それならそうと早く言って頂戴。仕事の早い貴方は好きよ、私」


「俺は閣下に婿入りしたくねえでっぜ。尻に敷かれそうですし、俺の魔法を知ってるし」



 弱味は隠しておきたいものですよ、とアイズは付け足した。この男は特殊な魔法を使う。その魔法が隠密に特化しており、昔暗殺ギルドにいた彼を私が引き抜いたのだ。今は宵闇の首領をしている。



「まさか暗殺しに来た相手に返り討ちにされた挙げ句、脅迫されるとは。あー、怖い怖い」



 げらげらと笑っているあたり怖いと思っているようには見えない。

 馬鹿にされている気がしたので、さっさと進めるように促す。



「それよりも!ルーシェン公爵家に行ったのよね。どんな感じだったかしら?」


「ちょっと変というか、娘が婚約破棄を宣言されたのに公爵様は落ち着いていたんすよ!まるで最初からわかっているみたいに見えましたね〜」


「それは変ね。ティファーレ家か王家ならまだしも、婚約破棄された側のルーシェン家が知っているのはおかしいわ。」


「そうっすよね!?あとそこのお嬢様が部屋で執事と話してた内容。乙女げーむ?って何か知ってます?」


「…いいえ、知らないわ。」



 ああ、そういうことか。私は納・得・していた。アイズは不思議そうに私を見ている。彼女もきっと“あちら“から来たのだろう。だとすればティファーレ嬢もそうなのだろうか。


 面倒な、と思いながら私は窓から外を見上げる。無駄に知識があるほどこの世界は揺れる。また荒れる。

 あちらとは違い、都市部でも嫌味なほど星は鮮明に見えた。私の記憶、ううん。私の中にある力はその星と共鳴するように反応しているのがわかる。




 随分とおかしなことが起きますわね、もう私が関わるのは御免と言ったのに。




 鮮明に感じる力に語りかけるように心に思い浮かべても反応はない。まあ、あれは私であり私ではないのだから仕方ないのだろう。

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