第38話

 目が覚めた時、もふもふに包まれていた。



「んん?おお、お前か、見守ってくれてたのか?」



 いつ来たのかはわからないが、気を失った俺を見つけ、起きるまで守っててくれたらしい。



「どんくらい寝てたんだろ。だいぶ回復したな」



 意識を失う直前に感じていた疲労感は抜け、魔力もかなり戻っていた。


 大木があった方を見ると、クレーターの中心から少し外れた所、大木の中心だったであろう部分の真下に扉が出現している。



「どうやらうまいこと倒せたみたいだな」



 扉が出現していることで、改めて気絶する前に成功した斬撃を思い出した。

 まるで神が宿ったかのような万能感と、剣と一つになったような一体感。


 側にいる虎から少し離れてショートソードを構える。



「ちょっと見ててくれな」



 虎が不思議そうにこちらを見ているのを横目に集中し、ゆっくりと呼吸しながら身体強化を行い、魔力で体を満たしていった。

 集中することで時間が引き延ばされていくような感覚に襲われる。


 細胞一つ一つまで魔力が満たされていき、あの時の感覚を思い出しながら、ショートソードを振り上げた。

 さらに集中して身体強化の出力を上げ、機を待ち続ける。


 数時間ほど経ち、その時が来た。

 自然に、本能に任せてショートソードを振り下ろす。

 無音の世界で、目の前の空間を切り裂いた。


 ただの素振りで体が震える。



「どうよ、やばくね?」



 虎に顔を向けて声をかけると、怯えや畏れを抱いた目でこちらを見ていた。

 心なしか震えている。



「そんなびびるなって。まあ俺自身もびびるくらいやばい一撃だけどな」



 虎に近付き、そう言いながら撫でていると、虎の緊張も解けていった。

 少しすると喉を鳴らしながら体を押し付けてくる。


 すごい。怖い。強い。


 感情が伝わってくる。



「今はまだただの素振りに何時間もかかるけどな、すぐに自由自在にできるようになってやる。お前も頑張って強くなるんだぞ?」



 仲間ではあるがライバルでもある虎にそう言うと、扉には向かわず地上に向けて歩き出す。

 扉の先も気になるが、それよりもこの剣技をもっと練習したい。

 これが自然にできるようになってから先へ進もうと決め、地上に戻ることにした。


 まだ動く敵に使えるほどスムーズには出せない為、敵はさくっと倒しつつ、休憩時間をこまめに挟みながら素振りを繰り返していく。

 練習に時間をかけすぎたのか、地上に戻るまでに一ヶ月以上かかってしまった。

 移動時間よりも練習時間の方が長かったが、おかげで素振りでなら数十分の溜めでできるようになった。


 地上に戻ると、受付に彩香はいなかった。

 見覚えのない女性が受付に座っており、彩香は見当たらない。


 とりあえず帰還報告をしてから彩香に電話をかけてみた。



「もしもし、ダンジョンからもどってきたよ」



「おかえりなさい、健太さん」



「受付にいないからどうしたんだろうって気になって電話しちゃった」



「健太さん、今何時ですか?」



「んー?夜の10時だね」



「日によってはいますけど、私基本的に日勤なのでその時間はいませんよ?まあ今は別の事情もあるんですけどね」



「おー、そういうことか。まあいいや、とりあえず帰るね」



「はい。待ってますね、お気を付けて」



 急ぐ必要もなかったが、なんとなく早く顔が見たいなと思い、身体強化をして空中を駆け、数分後には住居に到着した。



「ただいまー」



「え!?おかえりなさい!!早くないですか!!?」



 電話を切って数分後には帰ってきたことにとても驚いている。



「まあ探索者としての力を使えばこんなもんだよ、本気で急げばダンジョンからここくらいなら一瞬だし」



「そ、そうですか...」



 驚く彩香を横目に部屋に入って行く。

 ソファに座り、顔を合わせた瞬間には気付いたことを彩香に問いかけた。



「彩香さ、妊娠した?」



 そう聞いた瞬間、びくっとした彩香。

 とてもわかりやすいリアクションに笑ってしまう。



「ダンジョン行く前に言ってたのはこれのこと?」



「えっとですね、はい。タイミング的にできやすい日だったので、もしかしたらと」



「そっか。ダンジョン行ってから何ヶ月経ったっけ、4ヶ月か5ヶ月くらい?」



「だいたい5ヶ月ですね。やっと安定期に入るかなってくらいです」



「あー、大丈夫だった?1人にしてごめんね?」



「大丈夫ですよ。悪阻とかありましたけど、健太さんのお義母様やうちのお母さんにも助けてもらいましたし」



「それなら良かった。あ、籍はいついれよっか」



「え、いや、あの、えっと」



「ああ、ごめんね。彩香、俺と結婚してくれませんか?」



「えっと、その、よ、よろしくお願いします...」



 もとから結婚はするつもりであった。

 むしろ彩香がダメなら一生独身だろうなと思うくらいには彩香を好いている。


 彩香を抱きしめながら、自分なりに大事にしていこうと改めて心に決め、唇を合わせた。

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