第37話
「これはひどい」
中心部はかなり酷いことになっていた。
かなりの深さのクレーターが出来上がり、その中には大木の残骸が転がっている。
爆発は周辺の木々を完全に吹き飛ばしてしまったのか、全方位に黒焦げ一部ガラス化した地面が広がっていた。
「そういえばあいつは大丈夫かな」
仲間となった虎も中心部に近いところまで来ていたはずで、ふと心配になる。
「まああいつの足の速さなら大丈夫か。んんー、これ、次の階層にはどう行けるんだ?」
大木があったところは巨大なクレーターになっている。
この階層で1番魔力を保有していた大木もクレーターの中で残骸となって転がっている。
モンスターなら消えるはずだが、大木は特に消えたりもしない。
「魔力もほとんど吸われたのか全然感じられないしなぁ」
とりあえず少し様子を見ることにした。
こちらも怪我はあらかた治したがかなり魔力が減り、疲労も溜まっている。
見晴らしのよくなったクレーターの外周部に野営道具を設置して、数日ほど様子を見ながら休息にあてることにした。
1週間ほど様子を見ながら過ごしていると、異変に気付いた。
「あの木、魔力増えてねぇか?」
残骸となった大木だが、観察すると1週間前よりも保有魔力が増えている。
「あの惨状から回復していくのか?」
そうなるとそれはそれでめんどくさい。
軽い足取りでクレーターを降りて行き、より近くで観察する。
根は抉り取られ枝葉は吹き飛び、ほとんど幹だけになっているが、たしかに魔力を吸っている。
「そりゃ、消えないわけだな」
しっかり休養を取ったことで肉体的には絶好調。
ショートソードを取り出し、試し切り感覚で大木の残骸を相手に剣を振るう。
雑に魔力を込めると切った瞬間に魔力を吸われてしまうことに気付き、どうやっても魔力を吸われないよう、緻密かつ強固に魔力を練り上げてショートソードに込めていった。
最初はまるで刃が立たなかった。
いろいろ試して気付いたのは、この大木が持つ魔力量を超えた魔力を込めないと、まともに傷も付けられないということ。
魔力量を超えても、ただ多いだけだと接触した時にそれなりに魔力を吸われてしまうということ。
何度も試しながらこの大木を切り付けていく。
そしてある瞬間、かちりとパズルのピースがぴったりとはまるような感覚に襲われた。
その感覚に従って静かにショートソードを振り下ろすと、熱したナイフでバターを切るようにスッと大木に刃が入り、刀身を超える深さの斬撃痕が大木に残った。
「なんだ、今の」
自分でも戸惑ってしまう。
今まで数えきれないほどのモンスターを切ってきたが、今の感覚はそれまでの攻撃が児戯に等しいと思ってしまうほどの感覚だった。
今の感覚をもう一度。
必死に感覚を研ぎ澄ませ、何度も何度も剣を振るう。
今のは気のせいだったのかと思ってしまうほど、同じような斬撃はできなかった。
1週間、2週間と経過していく中、焦燥感に満たされていく。
この記憶や感覚が一度でも緩んだらもうできない気がして、必死に斬撃を繰り返した。
1ヶ月も経過すると、満身創痍となっていた。
ぶつぶつと何かを呟きながら機械的に魔力を練り上げショートソードを振り下ろす。
目は虚ろで体はぼろぼろ。
まだいくらか時間はあるが、さらにあと一ヶ月もすれば大木の残骸に保有魔力量で負けて、まともな攻撃は通らなくなるだろう。
構えては振り下ろす。
何度も何度も繰り返していく。
「もうそろそろ、時間切れか」
見た目は残骸だが、保有する魔力量を見れば自分より少し少ない程度。
あと1日2日あれば自分の魔力量を超えて、まともな攻撃は無意味になってしまうだろう。
今一度深呼吸し、身体中に魔力を行き渡らせ、活性化していく。
全身の細胞にまで意識を向けると、身体強化はされていても、細胞単位では魔力が充分に行き渡っていない箇所が全身に点々とあることに気付いた。
深呼吸を繰り返し、魔力を流し、1箇所ずつそういった部分を無くしていく。
全ての細胞に魔力を流し終えるのに半日もかかってしまった。
長時間極度の集中状態であったために汗だくになり、かなりの疲労感に襲われている。
ショートソードを構えて、ゆっくりと呼吸をする。
もう一度全身の細胞に意識を向けて、少しずつ魔力を活性化していくと、あの時に近い感覚になっていく。
全てが無駄にならないよう、ゆっくり、慎重に身体強化をする。
構えたまま微動だにしない。
数分か、数時間か、どこまでも深く集中した結果時間の感覚も希薄になり、ただその時を待ち続けた。
そしてついにその時はやってくる。
全てが整い、万能感に包まれていく。
なんの圧力も感じない、自然な一太刀。
静かに大木を通り抜けた刀身。
「この感覚か」
大木が切られていた。
一周するだけで一日掛かりとなるであろう太い幹が、滑らかな切り口で一刀両断されていた。
ゆっくりと消えていく大木を見ながら、また一歩強くなれたと深い喜びに浸るが、そのまま度重なる疲労によって意識を失い倒れ込んだ。
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