第33話

 突如発生した積乱雲に近付くほどに、天候は荒れていった。

 地上でできる積乱雲と違って恐らく竜が原因なのだろう、尋常ではない雷が降り注ぎ、ダウンバーストによって暴風や気温の低下が起きている。


 雷や気温の低下は魔力の膜で体を覆うことで防ぐことができるが、暴風がやっかいだ。

 積乱雲の方からまともに歩けないような風が吹いてくる。


 ゆっくりと剣を地面に差し込みながら歩いて行くが、どんどんと天候の荒れ具合が激しくなっていく。

 虎の長との疲労も残る中、ゆっくりと積乱雲に近付いて行った。



 酷くなる天候に苦戦しながら歩き続けて数日。

 積乱雲の真下、中心付近に到着した。


 不思議なことにそこはとても凪いだ静かな空間であった。

 半径1kmほどだろうか外周は雨と風と雷でカーテンのようになっており、そこから内側は線を引かれたように何もない。

 何もないが、上空からの圧だけはここへ向けて歩いて来た時の比ではないほど感じる。


 そして、その圧を放つ存在がゆったりと降りて来た。


 最初に見えたのは当然だが頭部だ。

 長い髭や鋭い牙、全てを射殺すような眼光、ある種イメージ通りの竜が顔を出す。

 そこから続くのは頑強かつ鋭利な鱗に覆われた蛇のように長い体。


 雨と、風と、雷を纏い、悠々と空を泳ぐ姿につい見惚れてしまう。



「砂漠の時のとは存在感が違いすぎるぞ」



 砂漠地帯のボスとして君臨していた竜を思い出すが、天と地ほどの格の違いを感じる。



「だけどまあ、やるしかないよな」



 発生条件を満たしたからこそ出てきたはずなのに、こちらを認識していない様子の竜に向け、殺気を飛ばす。

 そうするとやっと気付いてくれたのか、地響きのような唸り声とともに、鋭い眼光でこちらに視線を飛ばしてきた。



「心臓弱いやつならあの眼に睨まれただけで死にそうだな」



 そんなことを呟くが、すぐにそんな余裕はなくなった。

 竜は上空を泳ぎながら数百数千を超える雷を落としてくる。

 戦闘状態になったらデフォですよとでも言うのか、雨のように雷を降らせ続け、近付くことを許してくれない。


 なんとか魔力を纏うことで防いでいるが、その雷にも魔力が込められているせいで、当たるたびにこちらの魔力が削られてしまう。

 近付いたとしてもどう見ても帯電している為、側にいるだけで魔力が削られるだろう。



「これはきついな。少なくとも持久戦だと勝ち目が無いぞ」



 相手はただそこにいるだけでこちらを消耗させ、こちらは上空にいる相手に対して見ていることしかできない。



「どのみち近付かないことには一方的にやられるだけか。よし、行くか」



 そう呟くと魔力を練り上げ、魔力弾を作成していく。

 そしてその魔力弾に飛び乗り、さらに次の魔力弾へ飛び移る。

 物質化するほどに魔力を練り上げ込めることで乗れるようにし、さらに魔力操作でその場に固定、それを相手の場所まで続け、どうにか同じ目線へと辿り着いた。



「とりあえず、1発かましてみるか!」



 相手の側面から接近し、長い胴体に向けてショートソードを振り下ろす。

 全身に雷が纏わりつき、魔力操作を誤ると一瞬で黒焦げになりそうだな、なんてことを頭の片隅で思いながらの一撃だったが、どうやらいくらかは通じるようだ。

 数枚の鱗が飛び散り、少量の血が流れている。

 だが数秒後には血は止まり切れた肉は塞がり、鱗が皮膚から押し出されるように生えてきて元通りになってしまった。



「回復早すぎるだろ...」



 様子見の一撃ではあったがそれなりにダメージを与えるつもりで行った攻撃が、まるでダメージになっていない。



「やっぱ頭狙うしかないか?」



 竜の頭部に目をやるが、正面は危険だと第六感が伝えてくる。

 確かに頭部は弱点の塊ではあるのだが、その分だけ危険も多く、相当の覚悟が必要そうだ。



「まあでも、やるしかないよな」



 即座に覚悟を決めて相手の頭部へ向かって移動すると、移動中はせいぜい雷が降ってくる程度だったのでどうにかなったが、頭部付近は危険度が段違いだった。


 竜自身はぱっと見ではこちらに意識を向けていない。

 それなのに無防備に立っていたら確実に当たるであろう軌道で、雷が上からも相手からも飛んでくる。


 竜の頭部にある角は鹿の角のように枝分かれして伸びていて、その角の間をバチバチと雷が行き交い、それがある一定距離まで近付くとこちらに向けて発射され、攻撃が届く距離まで近寄らせてもらえない。



「雷の発生源はあの角なのか?」



 電気ウナギのように全身から発生させている可能性もあるが、少なくとも角をどうにかできればこちらの負担は減りそうだ。


 全身の魔力を強固に圧縮し鎧のように纏い、身体強化も身体が壊れるぎりぎりまで活性化、ショートソードにも魔力で剣が軋むほどに込め、角目掛けて弾丸のように飛び出して行く。

 大量の雷が向かってくるが強引に突破、そのまま角の根元に激突しそうな勢いで突っ込みショートソードを振り切った。


 振り切った瞬間、溜まっていたエネルギーが解放されたかのような大爆発を起こし、吹き飛ばされてしまった。

 なんとか止まり竜を確認すると、四方八方に雷を放出しながら体をめちゃくちゃに動かしている。


 その竜の頭部を見ればしっかりと片方の角を切り落とすことに成功していた。



「なんとか切り落とせたか、もう一回同じことして、もう片方も落としておきたいな」



 だが今の竜の暴れ具合を見ると、それも難しそうだ。

 かと言って落ち着くのを待っていると、竜の回復力がどう作用するかわからない。

 もし角を再生されてしまえば今の攻撃すら無駄になってしまう。

 もう一度先ほどのように魔力を纏い強化をして、突撃していった。


 竜は突然何が起きたんだとパニックになっているようで、こちらへの対応もせずに暴れまわっている。

 どうにか不規則に迫ってくる胴体や雷を避けながら死角をついて頭部に近付いていく。

 下手に反応される前に攻撃しておきたいので、暴れることによって出来た隙をついて、一気に接近、再度角に向けて剣を振り下ろした。


 またも大爆発を起こして吹き飛ばされてしまう。

 なんとか止まり爆発のダメージを回復しながら竜の方へ目を向けると、どうにか角は切り落とせたようだ。


 暴れ具合は酷くなっているが、雷の放出がかなり弱々しくなっていた。



「予想通りだったか?今が攻め時かな?」



 空からはまだ雷が落ちてくるがそれも散発的になり、竜自身がまとう雷もほとんど収まっている。


 様子を見ながら自身のダメージを回復させ、どう攻めていくかを考える。



「何考えても結局ぶん殴るかぶった斬るくらいしかできないんだよな」



 考えた結果につい笑ってしまったが、昔からだいたいそうやってどうにかしてきたのを思い出し、改めて竜へと構え直した。

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