第31話

 虎のテリトリーを後にしてからさらに2ヶ月ほど経過した。

 実力不足を感じてより一層身体強化を磨き、体術や剣術も自己流ではあるものの鍛え直した。



「だいぶ余裕になったな」



 馬の群れを壊滅させ、その長すらも一太刀で切り伏せたところでそう呟く。

 この2ヶ月で自分の持つ技術はより飛躍した。

 草原地帯を移動し続け、馬や牛以外にも何体かの群れの長を倒している。



「んんー、この前戦った奴なら多分いけるけど、まだあの長は微妙な気がするんだよな」



 2ヶ月前に戦った虎を思い出すが、長に関してはどうにも倒すイメージが湧かない。



「一旦気分転換に彩香の顔でも見に戻るか?いや、とりあえずあの虎と再戦してからにするか」



 虎との再戦を決めると、虎達のテリトリーへを足を向けた。



「よお、また来たよ」



 思いの外離れたところまで移動していたのか、虎のテリトリーに着くのに数日かかり、さらにそのまま進み続けて虎の長がいる場所にやっと到着する。

 道中攻撃的な虎に出会い戦闘を挟んだりもしたが、No.2の虎に比べると隙も多く、一瞬で首を落としておしまいだった。


 虎の長は前回のようにこちらをちらりと一瞥したあと、小さく鳴き声を上げる。

 それを合図に群れの中から一頭の虎が歩み寄ってきた。



「今回は勝たせてもらうからな」



 どれほど強くなったのかと期待するような眼差しで相手はこちらを見つめてくる。



「じゃあ、いくぞ?」



 そう言った直後には勝負は決まっていた。

 一瞬で虎の前脚を片方切り落とし、首に手を当て、マウントポジションを取る。



「どうよ、強くなっただろ?」



 笑いながらそう語りかけると、悔しそうに唸り声を上げた。

 虎の上からどいて立ち上がると、相手も立ち上がりこちらに向けて頭を下げ、ぐるぐると鳴きながら頭を擦り付けて来る。



「なあ、一緒にこないか?」



 そう聞くと、鳴くのをやめて群れの長のほうへ顔を向けて、一鳴きした。

 長も短く一鳴きした後に尻尾をびたんと一度振る。


 虎同士でなにか会話があったのだろう、もう一度こちらに顔を向けてじっと見つめ合った後、咆哮を上げた。


 その瞬間、魔力的な何かがその虎と繋がったことを感じる。



「んん?なんだ?繋がった?」



 その繋がりを意識するとその虎の感情がダイレクトに伝わってきた。


 負けた。楽しい。悔しい。またやる。負けない。


 そんな気持ちが伝わってきて、つい笑ってしまう。



「ああ、お互い鍛えて何度でも戦おうな」



 そう言って頭を撫でると、ぐるぐると鳴きながら頭を押し付けてくる。



「それで、俺は合格かな?あんたともやれるのか?」



 長に向けてそう聞くと、ずっと寛いでいた長はゆったりと立ち上がり、この階層全てに聞こえるのではないかというくらいの咆哮を上げた。

 反射的に魔力を使って防御膜を張らなかったら、今のだけで死んでいた気がする。



「やっぱりやばいな、あんた。今までで1番強いわ」



 冷や汗を流しながらも笑いかけると、長も楽しそうに鳴いた。



 ×××



「いやー、無理だ、これは倒せない」



 数時間ほどやり合いそう結論付けた。

 攻守ともに異常なほど強く、攻撃は避けるなり防ぐなりでどうにかなるのだが、こちらの攻撃が全くと言って良いほど通らない。

 それに観察しているとどう考えても本気を出しているようには見えず、勝ち筋が見つからなかった。



「延々と戦ってたいけどさ、またもう少し鍛え直してくるよ。何度もごめんな」



 長も良い暇つぶしになったと少し機嫌の良さそうな声で鳴き、元の場所に戻って行く。

 横たわり寛ぐ長と、侍るように何頭かの虎が寄り添う姿には、王者の貫禄を感じられた。



「とりあえず勝てると確信が持てるくらい鍛えてからまた来るよ、その時はよろしくな」



 そう声をかけ、尻尾をびたんと振るのを目にして、その場を後にする。



「お、もう治ってるのか、流石だな」



 切り落とした前脚が元通りになっている元No.2がすぐ横を歩き着いて来た。



「とりあえず一回地上に戻るよ。お前はどうする?」



 そう聞くと、一鳴きしてから身体をこちらにぶつけて来る。


 修行。強くなる。負けない。


 そんな感情が伝わってきたので、そうか、と相槌を打って頭を撫でた。



「それじゃ、またしばらくしたら戻って来るからな、それまで頑張れよ?」



 一時の別れの挨拶をし、それぞれが別の方向に歩き出す。



「さて、とりあえず綾香に会いに行くかな」



 そう呟き、地上に向けて駆けて行った。



 ×××



「お帰りなさい、山村さん!」



 ダンジョンから出て受付に歩いて行くと、こちらに気付いた彩香が笑顔で迎えてくれた。



「うん、ただいま。今って何月?」



 ダンジョン内ではなんとなくこれくらいは経ったかなと判断しているが、その予測と実際の期間に結構なズレがよく起きるので確認する。



「今は5月ですよ。もうすぐ6月になりますけどね」



 苦笑しながらそう答えてくれる彩香に礼を言い、帰還に伴う手続きをしていく。

 今回もいつも通り大量のドロップ品があるため倉庫に移動した。



「今回も楽しめましたか?」



「うん、今の俺でも勝てない奴がいてね、修行のし直しだよ」



「それは、すごく強いのでしょうね。清算が終わったら一緒に報告書作りましょうね」



「はーい、あ、それとむっちゃ強い虎が仲間になった。モンスターって地上に連れてきても良いんだっけ?」



「えっ、モンスター?!仲間!!?」



「うん、なかなか強くてさ、俺が勝った後に、ついてくるか?って聞いたらなんか魔力的な繋がりができて、仲間になった」



「また仕事が増えちゃうぅ...モンスターを仲間にしたなんて、世界中探してもそんな探索者いませんよ...」



「そうなんだ?スキルがあるんだしテイムとかありそうだけどね」



「確かにそう言うスキルを求めるというか、欲しがる人はいますけどね。組合では今の所一切確認されていませんよ」



「まあいっか、とりあえず確認しておいて?普段はダンジョンの中で鍛えてるだろうから、あんまり地上に来る機会はないとは思うけど、もしかしたらもあるしさ」



「了解です。ドロップ品の確認もこれで終わりです。報告書作りますから着いてきてください」



 大変そうだなと他人事のように思いながら彩香の後ろを歩き着いて行く。


 モンスターテイムの情報が広まり、さらに大変なことになるのを、2人はまだ知らない。

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