第30話

 彩香の実家へと挨拶に行ってから既に1ヶ月経っていた。

 挨拶をした次の日にはダンジョンに向かい、それからずっと草原地帯で戦い続けている。


 最初は馬の群れとその長を、次に牛を、そうやってモンスターのテリトリーを渡り歩き、蹂躙していった。



「おお、ここのは強そうだな」



 視線の先で虎が横たわり寛いでいる。



「あんまり群れるイメージ無いけど、どうなんだろう」



 様子見もかねて警戒しつつ近付いて行くが、虎はこちらを気にしていないのか特に反応しない。

 触れられるほどまで近付いてみたが、それでも寛いでいる。



「なあ、戦わないのか?」



 少しだけ圧を込めて話しかけると、ゆったりとした動作で身体を起こし、見つめ返してきた。



「やる気になってくれたのか?戦う気がないなら無理にとは言わないよ」



 言葉が通じるとは思ってないが、なんとなくそんなことを虎に対して言ってみると、グルルと鳴き声を発し、ゆったりした仕草でこちらに尻を向けて歩き出した。

 50mほど歩くと振り返り、こちらを見つめてくる。



「ついてこいってことか?」



 そんな疑問を浮かべながらついて行く。

 その虎はたまにこちらをちらっと振り返りながら、2日ほど歩き続けた。



「随分歩かされたな」



 やっとその虎が立ち止まったので、ついぼやいてしまう。

 虎はまた横たわり、この先へ行けと言っているかのような視線を向けた後、目を閉じてしまった。



「まあとりあえず、進んでみるか」



 そうしてその虎を追い越し、さらに歩いて行く。

 半日ほど歩いただろうか、そこには一際大きい虎がいた。



「あんたがここの長か?」



 ここの虎は言葉を理解していそうだったのでそう聞いてみる。

 ここまで案内してくれた虎と同様に、横たわり寛ぐその一際大きな虎は、片目を開けてちらっとこちらを一瞥すると、太く長い尻尾を動かしてぺちんと地面を叩いた。



「あんたと戦いたいんだが」



 そう言うと長はグァと短く声を上げる。

 その声に反応して、周囲で寛いでいた虎のうち一頭がこちらに近付いてきた。



「まずはこいつとってわけか?」



 そう聞くとまた尻尾でぺちんと地面を叩き、前に出てきた虎は唸り声を上げながら前傾姿勢となる。



「お前も強そうだな。No.2って感じか?」



 こちらの質問に返すように、鼓膜が破けそうなほどの咆哮を上げてから突進してきた。

 突進と同時に前脚を振り上げ、鋭い爪でこちらを切り裂きにくる。

 それを余裕を持ってかわしつつ虎の脇腹をショートソードで切るが、どれだけ強靭な毛をしているのかまったく刃がはいっていかなかった。



「おいおい、すげぇな」



 虎はゆったりと振り返り、今何かしたか?と言わんばかりの雰囲気で佇んでいる。

 数秒間睨み合っていると、不意に虎が視界から消え、一瞬で背後に回り込まれて背中に頭突きをされた。

 10m以上吹っ飛ばされてから受け身を取り起き上がると、虎は追撃もせずこちらを見ている。



「ごめんごめん、ちゃんとやるよ」



 虎に向けてそう言い、先程のお返しだと一瞬でその虎の横に移動し、おもいっきりぶん殴った。

 虎はこちらが横に移動した瞬間に反応していたが、回避行動は間に合わずに脇腹を殴られ、地面を削りながら数メートルほどずれる。



「お互いそろそろ真面目にやろうか」



 こちらの言葉に反応し、もう一度咆哮を上げるとその場から消えた。

 魔力を全開で使い、身体強化をしながら感知範囲を周囲50m程度まで縮めて精度を上げる。

 虎はぎりぎりで感知できるほどのスピードで移動していた。

 相手のスピードに合わせて並走するように移動しながら攻撃をしていくが、手打ちの攻撃では毛皮に阻まれてほとんどダメージが通らない。



「強いね、楽しくなってきたよ」



 まるで示し合わせたようにお互いが立ち止まり、一呼吸入れる余裕が生まれた。


 大量の魔力弾を作り、発射していく。

 ほとんどダメージにはならないが、目眩しにはなるだろうとばら撒き続け、相手の隙をうかがう。


 鬱陶しそうに身体をゆすっているのを見て、弾幕に紛れて接近し、相手の後ろ脚を切り付けた。

 切り落とすつもりでやったのだが、やはり毛皮が厄介すぎる。

 毛皮によって刃が滑り、表面を切り付けるだけで終わってしまった。



「んんー、さっき殴った感じ、打撃も毛皮がうまいことクッションになってたしな。どうやってダメージ通すかな」



 斬撃も打撃も魔力弾も、まともにダメージを通すことができない。

 強力な一撃は隙が大きく、簡単に避けられるか、反撃されてこちらがやられることになるだろう。


 楽しくなってきて笑みを浮かべてしまう。

 相手も楽しそうに唸り声を上げている。



「やっぱ強い奴と戦うのは楽しいよなぁ!」



 きっとお互い同じ気持ちだろうと声を掛けると、咆哮で返してくれた。


 一度見つめ合ってから一瞬で距離を詰めて殴り掛かる。

 相手の鼻面を殴りつけると、流石に効いたのか数歩ほど後退し、お返しとばかりに鋭い爪の生えた前脚を振り下ろして来た。

 爪が直撃する位置から一歩前に踏み出し、腕を掲げて前脚を受け止めるが、あまりの威力に足が地面にめり込む。

 強引に足を抜き、そのまま相手の腹を蹴り上げて浮かし、もう一度鼻面をぶん殴った。


 どれくらい経ったかよくわからないが、おそらく3日ほどだろう。

 全力でやり合ってはいるが決定打がなく、お互いに充分な余力を残しているし、やろうと思えば1ヶ月だって続けられる。



「なあ、あそこにいるボスってお前のこと瞬殺できるくらい強かったりする?」



 攻撃の合間に聞いてみると、肯定するような雰囲気でグルゥと鳴いた。



「だとしたらまだまだ修行が足りてないか」



 相手から距離を取ると、もう終わりか?と首を傾げこちらを見つめてくる。



「ちょっと鍛え直してくるよ。次来た時はまた相手してくれるか?」



 あちらもどうせこのまま戦っても終わりが来ないとわかっているのだろう。

 一鳴きすると群れの中に戻り寝そべってしまった。



「少し鍛えて来るから、またよろしくな」



 群れの長にも声をかけ、尻尾を一度振ったのを見て、虎のテリトリーを後にした。

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